第4話 提案

 フラッドから『救世教会』の排除を命じられたのは、ギールがその存在を知った三日後の朝だった。


「……それはまた、急な話ですね」


 ギールは思わず呟いた。

 会議室に集まったアミラたちも、同様に面食らった様子だ。

 困惑するギールたちにフラッドが説明を重ねる。


「禁書第四〇号が『救世教会』にあるらしい。そこで、同じ街にいる俺たちにその奪還命令が下りたわけだ」

「! ……そこに繋がるのですね」


 驚きを覚えつつギールは言う。

 フラッドは頷いて、顎に手を当てた。


「ああ、丁度このタイミングで在処ありかが判明したらしい。『救世教会』はそこから知識を得て、夢死薬を生み出したのかも知れんな。全く、傍迷惑な話だ」

「とはいえ、夢死薬と禁書の問題が一つにまとまったのは助かりますね。両方とも、これで無事に解決させられる」


 言いながらギールは肩の力を抜いた。

 アミラが明らかにほっとした表情を浮かべつつ、首を傾げた。


「んー。『救世教会』の理念も考えると、そいつらは『苦しむ人々を幸福な死で救おう』とでも考えているのかしら?」

「いや、どうだろう」


 ギールは腕を組んで思考を巡らせる。


「それにしては、まだ誰も死亡していないのが気になるな。被害者も比較的裕福な十代の少年たちだったし」


 そしてその全員が、早期に家族に発見されて治療を受けていた。


「薬がばら撒かれているわけでも、本気で死を求めているような人が狙われているわけでもない。むしろ、夢死薬を飲んでも死なないような状況の人たちが選ばれたように思えるんだ」

「あっ、確かに言われてみれば」


 アミラが目を丸くして、何度も頷いた。


「だとしたら、『救世教会』には何か別の目的があるのかな?」

「かも知れないね。禁書の所在の判明もタイミングが良すぎる。むしろ『救世教会』が俺たちを誘い出して、何かをしようとしていると考えた方が自然だよ」


 つまりこれは、罠である可能性が高い。


「警戒は怠るなって事か。まあ、いずれにせよ奴らを野放しにはできん」


 フラッドが総括するように告げる。


「殲滅戦の決行は明日の午前二時だ。各自、準備をしておいてくれ」




 今夜は雲が多く月が見えない。

『ルーナ』第四支部所属の五名は夜闇に紛れながら塀を乗り越え、音もなく敷地内に侵入した。

 ……はずだったのだが。


「やはり、誘い込まれていたのか」


 フラッドが低い声で呟く。

 白衣を着た初老の男性を先頭に十数名が近づいて来て、向かい合う形で立ち止まった。


「『救世教会』にようこそ、皆様」


 柔和な笑みを浮かべながら、先頭の男性が両手を広げる。


「私たちは事を荒立てるつもりはないよ。少しばかり、話をさせてはもらえないかな」


 フラッドが一歩前に出た。


「あんたが『救世教会』の会長って事で良いのか?」

「いかにも。そういう君は『ルーナ』第四支部長のフラッド・ジーヴル君だね」


 自分たちの正体を知られている。

 フラッドが警戒心を強めた事が、後ろにいるギールにも伝わった。


「……あんたの事は何と呼べば良い?」

「『モルス』とでも」


 本名なのか偽名なのか分からない言い方だった。


「そうかい。それで、話ってのは何だ?」

「その事なのだが、できればギール君と一対一で話をしたいと思っていてね」


 モルスはフラッドから視線を外し、こちらに目を向けた。

 思わぬ申し出に、ギールは僅かに虚を突かれた。


「……俺ですか?」

「そう、君に見てもらいたいものがあるんだ。君さえ良ければ、私について来て欲しいのだが、どうかね?」

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