第3話 救世教会

「そう書いてあるのか。流石だな、ギール。俺は古代語は専門外でな。何と書いてあるのか分からんかった」


 フラッドが感心したように言う。他の職員たちも頷いていた。


「何かの古代魔法の詠唱文か?」

「どうでしょうか、俺も詳細までは……」


 古代語も古代魔法も難解であり、研究もあまり進んでいない。

 ギールも多少読めるだけで、決して詳しいとは言えなかった。


「んー、ダメね。ネットでも何も見つからないわ……」


 レマが手持ちのノートパソコンを操作しながら唸る。


「あっ、だったらマガリーさんに聞いてみるってのはどうですか?」


 アミラが手を挙げて進言した。フラッドは首肯して、


「俺も彼女には助言を求めたいと思っていた。こういうのは、やはり専門家の意見を聞いてみるのが一番だからな」




 本日は情報共有のみで解散となった。

 そして連絡役を引き受けたギールは職場に残り、パソコンのビデオ通話システムでマガリー・ファールと話をしていた。


「というわけなんです。マガリーさん、ご協力お願いできませんか?」


 画面の中で、ブロンドの髪を短くまとめた女性が頷いた。

 二十代前半に見えるが、実年齢はもう十歳ほど上である。


『良いわよ。それに元はと言えば、私があなたを巻き込んだんだもの』

「そう言っていただけると助かります」


 夢死薬の第一の被害者は、マガリーの友人の息子だった。

 そしてマガリーから相談を受けて、ギールはこの事件の捜査を開始したのである。


「ちなみに、最初の被害者の方……あの人は、その後はどうですか?」

「この前お母さんと会ったとき、一緒にご飯を食べに行ったって聞いたわ。友達もお見舞いに来てくれたみたいで、そろそろ学校に戻りたいとも言っているそうよ」

「そうですか。良かった……」


 第一の被害者だった少年は、ある程度立ち直る事ができたようだ。

 ギール少しだけ、心が軽くなったように感じた。


『話を戻そっか。早速だけど、何て書いてあったの?』


 マガリーから尋ねられる。ギールはメモの写真を見せた。


「『Non, si male nunc, et olim sic erit.』と書いてありました」

『! ……それは……』


 マガリーの声が硬くなり、空気が張り詰める。

 ギールは瞬時に神経を尖らせた。


「何か心当たりが?」

『……ええ。その言葉は「救世教会」という秘密結社の基本理念よ』


 ギールは眉をひそめる。聞いた事のない名称だった。


「何と言うか……怪しい名前ですね」

『あはは、まあね』


 マガリーは僅かに苦笑を漏らしてから、すぐに真顔に戻った。


『「救世教会」は、その名の通り「世界を救うための古代魔法の研究組織」と言われているわ。私も噂でしか知らないけれど』

「マガリーさんですら、噂程度なのですか?」


 古代文明・古代魔法の研究者は数が少ない。

 だからこそ、同じ希少な人材どうし、少しくらいは交流があるのかと思ったのだが。


『学会にも一切出てこないのよ。どんな人が所属しているのかも不明だわ』

「なるほど……そうなると、情報を探るのも難しそうですね」


 待ち受ける困難の予感に、ギールは気を引き締める。

 実体が不明の謎多き秘密結社。もしもその組織が夢死薬に関わっているとしたら、長い戦いになりそうだ。


『ちなみに「救世教会」の本拠地は、総合病院の向かい側のオフィスビルらしいわよ』

「あ、本拠地の場所は普通に知られているのですね。しかも近い……」


 思っていたよりも簡単に接近できそうだった。

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