第2話 手掛かり

 翌日の午前九時。ギールはユートの元を訪れたのだが、彼の担当医から面会謝絶を告げられた。


「すまないね。せっかくお見舞いに来てもらったのに……」

「大丈夫ですよ、気持ちは分かりますから」


 自分の理想をぶち壊した相手になど、誰だって会いたくもないだろう。


「このお菓子だけ、ユートさんに届けていただけますか?」


 眉根を下げる担当医に、ギールは買ってきた焼き菓子の詰め合わせを手渡した。


「おや、これは有名店のお菓子じゃないかい? 早朝から並ばないと買えないって、ニュースで見た事があるよ」

「俺も食べてみたかったので、良い機会だと思って買ってみました」


 ギールが笑みを浮かべながら答えると、ようやく担当医も柔らかな表情になった。


「ありがとう。ユート君もこういうお菓子が好きみたいだから、きっと元気になるよ」

「ええ。喜んでいただけたら嬉しいです」


 自分からの施しを、ユートに受け取ってもらえるかは分からないけれど。


「では、俺はそろそろ帰りますね」

「ああ、そうだ。ちょっと待ってくれ、ギール君」


 帰ろうとしたら、担当医に呼び止められた。


「フラッドさんからの伝言があるんだ。もし君がお見舞いに来たら、帰りに連絡して欲しいとの事だったよ」

「フラッドさんから……承知いたしました。ありがとうございます」


 何の用だろうか。ギールは病院の外に出ると、スマホを取り出した。




 昨日、ユートのズボンのポケットから、本人も覚えのない一枚のメモ用紙が見つかった。

 フラッドから電話で伝えられたのは、そんな内容の話だった。

 今まで自分に連絡がなかったのは、ゆっくり休めというフラッドの気遣いだったのだろう。


 そんなわけで、ギールは職場まで歩いてやって来た。入り口で立ち止まって、白い二階建ての建物を見上げる。

 魔法犯罪捜査特殊機関『ルーナ』——極秘に処理すべきと判断された事件の処理を担う、警察上層部の息がかかっている民間の治安維持組織。

 ここは、その第四支部である。職員は全部で五名。


「ギールおはよう!」


 背後から声をかけられ、ギールは振り返る。青髪の少女が笑顔で駆け寄ってきた。


「おはよう、アミラ。何だか嬉しそうだね?」

「だって、やっと手掛かりが見つかったんだよ! ここから犯人に近づけるかも知れないって思うと、居ても立ってもいられなくて」


 そこで言葉を切って、アミラ・ラシェールは白い空を見上げた。


「こんな感じでさ。『ルビー・ダスト』の手掛かりも見つかると良いね」

「きっと見つかるよ。みんなを殺した犯人も」


 そう信じて、自分たちはこの一年を生きてきた。

 アミラが視線をこちらに向ける。


「ねえ、ギール。犯人が見つかったら絶対に殺そうね」

「ああ。絶対にね」


 ギールが穏やかな声で答えると、アミラは晴れやかな笑みを浮かべた。


「それから一緒にみんなに会いに行こうね」

「そうだね。俺も早くみんなに会いたいよ」




 指定された二階の会議室は、ホワイトボードと向き合うようにテーブルと椅子が並べられていた。

 そして最前列には、何らかの資料を広げている男性と、その隣でノートパソコンを操作している女性が座っていた。

 カイス・フィルムとレマ・フィルム夫妻である。

 彼らと挨拶を交わし、アミラを奥に通してからギールは廊下側の席に座った。


「レマさん、何してるんですか?」


 キーボードを叩いているレマに、アミラが話しかけた。


「ちょっと第三支部の後輩に頼まれてね。ハッキングして監視カメラの録画データを取得しているの」

「これは……賭博場ですか?」


 アミラの問いかけに、レマが頷く。


「ええ。二ヶ月前に、ここで例の禁書の引き渡しが行われたみたいなの。だから、そのときの映像を探しているのよ」

「ッ……! 禁書第四〇号ですね!?」


 アミラが画面を食い入るように覗き込む。

 奥のカイスが資料から顔を上げて、こちらに向き直った。


「その通り。でもね、あれが盗まれたのはピスケース第二都市だったけど、この賭博場はこの街のものなんだ。もしかしたら、僕たちが引き継ぐ事になるかも知れないよ」


 カイスの説明を受けて、ギールは眉をひそめた。


「ピスケース第二都市からこの街って、かなり離れていますね。よっぽど四〇号が必要だったのでしょうか……」

「だろうね。どんな魔法が載っているのか知らないけど、早く奪還しないと危険だ」


 カイスが難しい顔で言う。

 アミラがパソコンから離れて、こちらに顔を向けた。泣き出してしまいそうな顔だった。


「ギール……私もう、『ルビー・ダスト』みたいな事は嫌だよ」


 もしも禁書に記された古代魔法が使われれば、きっと大勢の人々が命を奪われるだろう。

 一年前の、あのときのように。

 砕かれたルビーのごとき赤い煌めきが、ギールの頭の中で蘇る。

 胸がズキリと痛み、ギールは拳を握り締めて頷いた。


「俺もだよ。被害が出る前に、絶対に犯人を捕らえよう」


 ちょうどそのとき、会議室のドアが開いてフラッドが入ってきた。


「おはよう、諸君。全員揃ってるな。始めようか」


 フラッドがホワイトボードに写真を貼り付ける。


「夢死薬事件の発生から一ヶ月、初めて見つかった手掛かりだ」


 禁書第四〇号の件も心配だが、今は夢死薬に集中するべきだろう。

 ギールは気を持ち直して写真を見る。写真はメモ用紙を拡大したものであった。




 ——『Non, si male nunc, et olim sic erit.』




 そのような文章が、メモ用紙に殴り書きされていた。


「『例え今は不幸であっても、いつかはそうではなくなるだろう』……?」

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