序章 永遠に望んだ夢を(3)
「実は、私の村の人たちが、酷い呪いに侵されてしまったんです」
「呪い?」
「ええ……。皆さん、身体に奇妙な模様が浮かび上がって、病気になってとても苦しんでいて……」
そこでティエラは、ぎゅっと拳を握り込んだ。
「……私だけ、何ともなかったんです」
それはまるで、罪を告白するような声だった。
「だから、真っ先に私が疑われました。私が、村全体に呪いを振り撒いたんだって……」
語っている途中でティエラは泣き出してしまった。
「私じゃないの。だけど、誰も信じてくれなくて……村から出て行けって……」
ユートは絶句し、それから激しい憤りを覚えた。
(な、何だよそれ!? 一人だけ呪いにかからなかったからって……それだけで、大した根拠もないのに追い出したのかよ!)
最低な連中だ。呪われて当然じゃないか。——なのに。
「だから私、呪いを解ける人を探しに行こうと思ったんです。王都には凄い人たちがいっぱいいるって、聞いた事があったから……」
続けられたティエラの言葉に、ユートは衝撃を受けた。
「自分を追い出した奴らを、助けるのか……?」
「村の皆さんは、本当は優しいんです。両親を亡くした私を、ずっと支えてくれたの。今はきっと……呪いのせいで変わってしまっただけなんです」
ティエラはボロボロと涙を流しながら、それでも健気に微笑んでみせた。
酷い目に遭ってもなお、この子は人の優しさを信じている。
そんな彼女の想いに応えてあげたい。この子を幸せにしてあげたい、と。ユートは心の底から思った。
「——大丈夫だ。俺が何とかしてやる」
ティエラの小さな手を自分の両手で包み込んで。
「俺には呪いを解く事はできない。だけど、解呪よりもずっと良い結果を見せてやる。俺の『反転』で、絶対に!」
「『反転』……?」
「ああ。俺の固有魔法だ。あらゆるものを反転させられる。右は左に、弱者は強者に、そして」
ユートはティエラの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「——呪いは、祝福に」
ティエラが目を見開いた。ユートは微笑む。
「身体を蝕む呪いなら、『反転』させれば身体を守る祝福になる。大丈夫だ、みんな前よりも健康になるぞ?」
ティエラが呼吸を震わせる。
「……皆さんを、助けられるのですか……?」
「ああ。お前が追い出されても諦めず、優しさを貫き通した結果だ。お前のお陰で、村のみんなが助かるんだ!」
「ユート、さん……」
ティエラが涙を溢れ返させる。彼女の手を握ったまま、ユートはニカッと笑った。
「一緒に助けに行こう、村のみんなを!」
「はい……はい! ありがとうございます、ユートさん!」
ティエラは涙を零しながらも、太陽のような笑顔を浮かべた。そして、
——ティエラの頭が、首から落ちた。
赤い液体が撒き散らされる。彼女の身体が、ぐらりと倒れてきた。
顔に生温かい液体がかかる。鉄錆の匂いが広がった。
「…………は?」
ユートは自分の胸に寄りかかっているものを、呆然と見つめた。
赤にまみれた、柔らかな。もう動かない。一瞬前まで、少女だったもの——。
思考が追いつく。ティエラは、首を斬り落とされて死んでいた。
「うっ……!? あ、うわあああああああああああぁ!?」
叫び、ユートは少女の惨殺死体を突き飛ばした。顔を背けてうずくまる。強烈な吐き気に抗えない。
込み上げてきたものを全てぶち撒けた。喉が焼けるように痛い。
「げぼっ……なに……え?」
「目を逸らしてはダメだよ」
近くから声が聞こえて、ユートは肩を跳ね上げさせた。恐る恐る顔を上げる。
いつの間にか、少年が目の前に立っていた。血に濡れた長剣を右手に持った、ベージュの髪の少年。
穏やかな表情の彼は、左腕で首のない遺体を抱えていた。
「ほら、見て。これが現実だよ」
彼は剣を放り捨てると、ユートの眼前にティエラの亡骸を横たえた。
首の切断面から血の海が広がる。突きつけられた猟奇的な光景に胃が捩れ、ユートは再び吐いた。
呼吸が苦しい。身体が震える。目に沁みているものが汗なのか涙なのか分からない。
「おえ……嘘だ……こんなの、嘘だ……」
「いいや、現実だよ。あなたはこの子を守れなかった」
「違う……嘘だ……嘘だ……」
目を瞑り頭を抱えるユートの耳に、少年の柔らかな声が届いた。
「これが現実じゃないとしたら、夢って事になるのかな?」
「夢……そうだ、夢に決まってる……。夢だ……夢だ……!」
これは悪夢だ。だから、早く目覚めろ。目覚めてくれ! ユートは必死に祈る。
「だったら、もっと強く念じるんだ。じゃないと、この夢は永遠に終わらないよ?」
この悪夢が終わらない。永遠に? そんなのは、嫌だ!
「これは夢だ! 夢だあああああああああぁぁ!」
ユートは叫んだ。力の限り、この世界を拒絶した。そして——。
ハッ! と、ユートは目を開いた。
自分の息づかい音が頭に響く。荒い呼吸が止められない。
全身が熱くてびっしょり濡れている。汗で衣服が張り付いていて、気持ちが悪い。
見知らぬ天井。柔らかな毛布の感触。窓から差し込む光が眩しくて、ユートは目を細める。
いつの間にか、少女の遺体も殺人鬼の少年も消えていた。
「ユート! ユートっ!」
女性の泣き声。次の瞬間、力いっぱい抱き締められた。彼女の衣服の毛糸に、チクチクと頬をくすぐられる。
状況が呑み込めない。けれども、自分に縋り付いて泣いている女性が誰なのかは思い出した。
「……母さん?」
思考が定まらない。ユートは静かに周りを見渡す。
白を基調とした室内。液体が入ったビニールのバッグとチューブ。そして、数人の大人たちがいた。
その内の一人の男性が、ユートの頭に手を乗せた。彼もやはり泣いている。安堵した表情のその男性は。
「……父さん?」
「ユート……お前、一週間も眠り続けていたんだぞ」
「え……?」
言われて、少しの間思考が止まる。やがて、徐々に記憶が戻ってきた。
(ああ……ああ、そうか……俺は……)
ユートは無気力に天井を見上げた。自分は「永遠に望んだ夢を見られる魔法薬」を飲んだのだ。
ここではない別の世界で、こんな自分が主人公になれる夢を見たくて——。
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