親友
「ど、どうしようロア……!」
一方その頃。
大魔神エクズトリアが突き破っていった天井を見上げて、ユキナが悲痛な声を発した。
「いくらSランク冒険者でも、あの化け物には勝てないよ……! どうにかしないと……!」
「…………」
そう。
そうなのだ。
大魔神エクズトリアの強さは、もはや現代の常識が通用するレベルではない。
少なくとも応接室に集まった冒険者ごときでは、いくら束になったところで決して勝てないだろう。
実際にも、地上ではすでに看過できぬほどの被害がもたらされているようだ。
さっきまでは大勢感じられた冒険者たちの気配が、刻一刻と消え続けている。このまま大魔神を放っておけば、その被害は帝都全域――いや、世界中に及んでいくだろう。
二千年前の悪夢の、再来だ。
「…………」
もはや自身の力を温存している場合ではない。
俺はふうと息を吐くと、ユキナに向けて小さく言った。
「ユキナ。治癒魔法の準備をしておいてくれ。おそらくそう簡単には治らないだろう」
「え……?」
きょとんとするユキナを、俺は無言で抱きかかえる。
それから思い切り地面を蹴ると、そのまま地上へ向けて一気に上昇していった。普通なら重力に引っ張られて途中で失速するが、そんなことは起こりえない。
なぜならば、これは俺が師から受け継いだ技のひとつ――。
空中移動術だからだ。
「え、え⁉ これはいったいどういうこと⁉」
当然ながら、ユキナが当惑の声をあげる。
「ロア。もしかしてこれって……」
「そうだ。現代ではもう失われてしまっているが、大昔にはな、空を飛ぶ術があったんだよ」
「そ、空を飛ぶ…………」
呆然とそう呟き返すユキナだが、しかし俺もそこまで余裕があるわけではない。
大魔神による呪いは、どうやら開放する力が強ければ強いほど痛みを増すようだからな。
現代では失われている力なんぞ使ってしまったら、それはもう――。
「くっ……」
「ロア!」
片腕で胸をおさえだした俺に、ユキナはすべてを察したらしい。
咄嗟に俺の胸部に両手をあてがい、治癒魔法を発動する。
さすがは神の力を授かっているというだけあって、痛みが一瞬にして癒えていく――。
「ロア、大丈夫。今度また発症したら私が治すから……今は空を飛ぶことに集中してて」
「ああ……。すまねえが頼んだぜ」
元勇者として力を発揮する俺と、神の力で圧倒的な治癒魔法を扱えるユキナ。
このバディであってこそ成し遂げられる連携で、俺たちは一気に地上へと駆けあがっていった。
そして。
「見えた! ロア、出口だよ!」
やがて終点に差し掛かったようだ。
今まではひたすら暗闇だけが続いていたが、視線の先には“光の穴”がぽっかりと開いているのが見える。言うまでもなく、地上から漏れてきている光だろう。
「おおおおおおおおおおおおっ!」
俺は力を振り絞り、なんとか地上へと到達。
そしてふわりと着地した時には――目の前には信じられない光景が広がっていた。
「やっぱり、全員、やられていたか……!」
つい最近まで、ギルドの応接室にて普通に顔を合わせていた上級冒険者たち。
彼らはみな、無惨な死体へと変わり果てていた。
身体が千切れていたり、頭部だけが吹き飛んでいたり……もはや脈などを確認するまでもない。全員、即死だろう。
「ハァァァァァァァァァァアアア……!」
そしてこの惨劇をもたらした最悪の化け物――大魔神が、恍惚とした笑みを浮かべて上空を見上げていた。そのまわりを取り囲むようにして、大勢の《魔神再誕教団》の構成員たちもいるな。
「…………」
気配を探ってみると、ひとまずここ以外に大きな被害は発生していないようだ。
空中移動術を使ってきた甲斐あって、住民たちだけは守れたっぽいな。本当は冒険者たちも守ってみせたかったが、大魔神が相手となると、さすがに分が悪かったか。
「ふふ、誰かと思えばロアルド・サーベントか。まさか空を飛んでくるとは……腐っても元勇者といったところかな」
「……てめえ」
ふいにそう声をかけてきたのは、構成員たちの先頭に立つ男。
他の人員よりも圧倒的な強者感を放っているため、たぶんあいつがリーダー格なんだろうな。身体も不自然に折り曲がっていないし。
「これがてめえらのやりたかったことかよ。最悪の化け物を呼び出して、こんなに多くの犠牲者を出して……!」
「フフ、当然だろう。我ら帝国人民は思い出さねばならない。この世界は神によって創られ、そして人間たちも神によって生み出された。現代のように信仰心を失った者がはびこる世界など――我々にとっては悪夢でしかない。矮小な人間ごときで世界を統治しようなどと、傲慢にも程があるだろう?」
「…………」
「だから我々で人民たちに思い知らさねばならない。神の偉大さを。人間の非力さを。我が大魔神エクズトリアこそが、唯一、世界に平和をもたらさん存在であることを」
まるで意味がわからない。
もはや完全に狂ってしまっているな。
こうして大虐殺を行うことが平和に繋がるなんて――呆れてものも言えねえよ。
「そして今、我らの悲願は叶えられようとしている。千年も前から画策してきた、大魔神様が世界を統一する時が!」
「…………ああ、うるせえうるせえ。もう黙ってくれや」
鞘から剣を抜きながら、俺は構成員たちに向き直る。
「話の通じねえ馬鹿と会話するつもりはねえ。とっととかかってこいよ」
「ふん。愚か者めが」
俺の切り返しに対し、リーダー格が不敵に笑う。
「こちらには約五十名もの教団員と、そして我らが大魔神様もおられる。対しておまえらはたった二匹だけ。――このような状態で、本当に勝てると思うのか?」
「…………」
正直、図星だった。
勢いよく啖呵を切ってみたはいいものの、おそらく俺は大魔神を抑えるだけで精一杯だろう。他の構成員まで相手できる余裕はさすがにない。
といって、ユキナ一人だけで彼らと戦うのも不可能だ。
いくらムラマサの魔法を引き継いだとはいえ、その力を完全に引き出せるようになったわけでもない。ポテンシャルは充分にあるが、まだ一人前の魔術師とは言い難いからな。
悔しいが――あいつの言う通り、劣勢なのはこちらのほうだった。
仕方ない。
たとえ呪いの後遺症に苦しめられることになろうとも、無理してでもこの場を切り抜けるしかねえか……。
「――――やれやれ、また二千年前と同じことをしようとしてるね。そうはさせないよ、ロア」
「フフ、まったくだ。もう過去と同じ悲劇は繰り返させん」
と。
ふいに聞き覚えのある声が響き渡ってきて、俺は目を見開いた。
かつて何度も何度も聞いてきた親友の声。
まさか…………!
そう思ったのも束の間、懐にしまっておいた魔法写真がほのかな煌めきを放ち――ひとりでに浮かび始めた。
そしてそれと同時、二つの人影が俺の眼前に現れるではないか。
ひとつは、世界一の名匠――ザバル・ディスティーナ。
ひとつは、偉大な魔術師――ムラマサ・ヒューテスト。
かつてともに戦ってきた友人たちが、それぞれの武器を携えて俺の隣に並ぶ。
もちろん実際の肉体がそこにあるわけではなく、いわゆる思念体のような姿だろう。彼らの身体は若干透けており、向こう側の景色もうっすらと見通すことができる。
いや。
そんな些末なことはどうでもいい。
この土壇場に現れたってことは、まさか……。
「はっ、あっけねえ顔してんな親友。大昔とちっとも変わってねえじゃねえか」
そう言って不敵に笑うのは、ザバル・ディスティーナ。
本職は鍛冶師ではあるものの、自身も立派な斧使いとして知られている。
その筋骨隆々な肉体から繰り出される斧攻撃は、たとえ誰が相手でも蹴散らしてくれる。
「いやいや、そんなことはないよザバル。彼はもうとっくに童貞を卒業してる。その意味じゃ、僕とはもう明確な差がついてるんだよ」
そう言って悔し涙を流すのは、ムラマサ・ヒューテスト。
魔法学を徹底的に突き詰めたその功績から、現代では大賢者ムラマサと呼ばれ、教科書にまで名前が載っている。
「おまえら……どうして……」
「はは、そりゃあね。大事な親友に、二千年前と同じ過ちを繰り返させないためさ」
「二千年前はおまえに世界を守られた。だから今度は、俺らがおまえを守ってやる。これで貸し借りなしだぜ?」
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