Sランク冒険者は現実逃避する

「よし、これで片がついたか……」


 一方その頃。

 Sランク冒険者のムフィト・ポロラスは、最後の《魔神再誕教団》の構成員を倒し、小さくガッツポーズを取っていた。


 一時期はどうなるかと思ったが、これでもう、暴れている者はどこにもいない。


 ――これでひとまずは、一件落着か。


「ムフィト様!」

「やりましたね……! 我々の大勝利です!」


 懸命に戦っていたAランク冒険者たちも、やりきったような表情を浮かべていた。


 見渡してみれば、少し倒壊しかけている建造物はあるものの、ほとんど被害は出していないんじゃなかろうか。

 さすがに数名の死傷者はいると思うが、敵が真正面から仕掛けてきた割には、そこまで壊滅的な結果にはなっていない。


 こちら側の大勝利と考えて差し支えないだろう。


「おまえたちもよくやったな。帝都の平和は守られた。充分に誇っていいだろう」


「へへへ……」

「ありがとうございます、ムフィト様」


 ムフィトの言葉に、Aランク冒険者が媚びたように笑う。


 一部には文字通りゴマをするような仕草をする者もいるが、ムフィトはこれが快感だった。


 ――自分はSランク冒険者。

 ――ギルドにおいて最高位のランクを授かりし者。


 そんな自分をみんなが無条件で尊敬してくることほど、気持ちいいものはない。


「ありがとうございます……!」

「皆さんは国の英雄です……!」


 現に今も、助けられた住民たちがムフィトに拍手喝采を送ってきていた。


 なかには若い娘もいて、こちらに惚れているような目を向けてきている。


 ――英雄。

 今まで沢山の修行を続けてきたムフィトにとって、これ以上ない褒め言葉だった。


「それにしても、ムフィト様」


 と。

 さっきまで懸命に後方支援を行っていたDランク冒険者が――あのときギルドマスターに叱られていた二人組だ――同じように媚を売るような声音で近寄ってきた。


「あのおっさんども、まだ戻ってきませんねぇ」


「おっさんども……?」


 言われて、ムフィトははっと思い出した。


 ロアルド・サーベントとユキナ・エミフォート。彼らのことを指しているのだろう。


「そうだな……たしかにどこにもいなかった。どこかに隠れてんのか?」


「なぜかあいつ、上位のランクを持ってるみたいですけどね。あんなのがAランク以上なんて、信じられませんねぇ」


「…………」


「俺たちだってこんなに頑張ったんだから、むしろ俺たちのほうに目を向けてほしいくらいですよ」


 そこまで言われて、ムフィトはふっと笑った。


「わかったわかった。おまえたちの昇格について、シルクのおっちゃんに頼んでおいてやるよ」


「や、やったぁ……! ありがとうございます!」


 ぱあっと表情を輝かせ、二人組が深く頭を下げてくる。


 その代わりと言ってはなんだが、ロアルドとユキナには降格処分を持ち掛けるとするか。


 あいつら、応接室で頓珍漢な発言をしただけじゃなく、大事な場面でまったく活躍しなかったからな。上級ランクの冒険者としてあるまじき失態だろう。


 と。

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……!


 ふいにすさまじい大轟音が響きわたってきて、ムフィトは思わず

「なんだ……?」

 と目を細めた。


《魔神再誕教団》の連中はもう全員仕留めたはず。

 もしくはどこかに、倒し損ねた構成員がいるのか……?


 そんな思索とともに、ムフィトが呑気に周囲を見渡した瞬間――。



「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」



 驚くべきことに、地面を突き破って、地下から化け物が姿を現した。


 見上げんばかりの巨体。禍々しい漆黒の波動。こちらの生気を吸い取るがごとくの怪しい両目――。


「な、なんだ……⁉」


 詳しい事情はムフィトにはわからない。


 だが直感で感じた。

 こいつはやばい。

 自分たちの常識が通じる相手ではない――!


「おいおい、なんだよおまえ」


 しかしDランク冒険者たちはそれがわからないのか、無謀にも化け物に向けて挑発的な言葉を投げかける。


「今はさ、勝利の余韻ってのを味わってるところなの。邪魔しないでくれねえか?」


「……我が名は、エクズトリア。世を滅ス存在ナリ」


「は…………? なに言ってんのおまえ。頭おかしいんじゃねえのか」


 Dランク冒険者たちは、なおもヘラヘラ笑うのみ。


「いいだろう。ここは近々、ランク昇格を果たす俺たちが直々に相手を――」


「――――いけない! おまえたち下がれ!」


「……へ?」


 ムフィトがそう叫んだ時には、もう遅かった。


「ぬぺらっ」


 Dランク冒険者たちは一瞬にして真っ二つになった。

 化け物が軽く腕を振り払っただけで、胴体が文字通り引きちぎれたのだ。


「い、いやぁああああああああああああああ!」

「きゃああああああああああ!」


 こうなってしまっては、もはや勝利の余韻を味わうどころの話ではない。


 今まで拍手喝采を送ってきた住民たちが再び逃げ惑い、帝都はまたしても混沌の様相を呈し始めた。


「くっ……! おまえたち集まれ! 全員でこいつを仕留めにかかる……ぞ?」


「ぎゃっぱっ」

「うげるぽっ」


 目の前で広がっている光景を、ムフィトはまるで信じることができなかった。


 エリートであるはずのAランク冒険者たちでさえ、化け物にいいように蹂躙されているのだ。


 息を吹きかけられただけで、その衝撃で遠方に吹き飛ばされる者。

 デコピンされただけで、頭部だけが弾き飛ばされる者。


 ――これはもはや、戦いとは呼べない。


 一方的な殺戮だ。


 勝てない。

 勝てるわけがない。

 Sランクだろうがなんだろうが知ったことか。

 このまま逃げないと――殺される。


「フフフ……。思い知ったか、無能どもよ」


 ムフィトが後ろずさった時、どこからか勝ち誇ったような声が聞こえた。


「だ、誰だ……?」


 おそるおそる振り返ると、そこにはなんと数え尽くせないほどの《魔神再誕教団》の構成員たち。

 しかも全員がピンピンしていて、負傷している者は一人もいない。


「なんだ……? おまえたちは倒したはずなのに、どうして……?」


「ふふ、おまえらが倒したのはあくまで三軍よ。――まあ、そいつらも我らの《移魂の禁法》で再び蘇るがな」


「え…………?」


 またもおぞましい気配を感じたので、ムフィトはそちらに視線を向ける。


 そこではなんと――さっき倒したはずの《魔神再誕教団》の構成員たちまでもが再び立ち上がっているではないか。

 こちらがなんとか与えたダメージさえも、さも当然のように全回復している。


「う、嘘だ……! 嘘だ……! これは夢だぁぁぁああ……!」


「フフ、情けないな。Sランク冒険者ともあろう者が赤ちゃん返りか? え?」


「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」


「……クク、愚かだったのはむしろおまえたちのほうだったってことだな。とっとと死ね、無能冒険者さんよ」


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぺらぁっ」


 背後から強い衝撃を受けたと思った瞬間、ムフィトの意識は真っ暗になった。

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