最悪の復活

 さて。

 構成員たちはいったん無力化することができたので、俺はひとまずユキナに治癒魔法をかけてもらうことにした。


 大魔神の呪いのせいで、「勇者の力」を発揮すると全身に激痛が走るからな。


 症状が出る前に、あらかじめユキナに魔法をかけておいてもらった。


 そして――数分後。


「これで、教団の陰謀を止めることができたのかな……?」


 周囲を見渡しながら、ユキナがぽつりとそう呟いた。


 ベルフは変わらず横たわったまま。

《魔神再誕教団》の構成員は地面に突っ伏したまま。


 他に誰かが陰に隠れているような気配もないので、とりあえずこれで一件落着といったところだろうか。


 それにしては、なんだか胸のざわつきが収まらないが……。



「――はん、来てたのかよおまえら」



 と。

 ふいに聞き覚えのある声に呼びかけられ、俺は眉をひそめる。


 振り返ると、やはりそこには、意識を取り戻したらしいベルフがいた。さっきまでは地面に横たわっていたのが、今では片膝をついて座っている姿勢だ。


「……おまえ、目覚めてたのか」

「はっ、たった今だけどな」


 ベルフは後頭部を掻くと、倒れている《魔神再誕教団》を次々に視界に収めていった。

 そしてすべての構成員を確認し終えた時、最後に俺を見上げて言った。


「……こいつら、おまえら二人で倒したのか」


「そうだ。大魔神を蘇らせるとか、不穏なことを口走っていたからな」


「…………」


 そこでふいに押し黙るベルフ。


 なんだろう。

 たった一瞬だけ、あいつからおぞましい力が放たれたような……。


「ベルフ、どうしたの……?」


 幼馴染たるユキナも声をかけるが、しかし奴からの反応はない。


「私、これでも心配してたんだよ。シルクさんから、ここ最近ベルフの姿が見当たらないって言われて、それで……」


「――――余計なお世話ダ」


「えっ……?」


「危ねえ!」


 俺は咄嗟にその場から駆け出し、ユキナとベルフの前に身を踊らせる。


 邪悪な気配がベルフから放たれて、これでもう二度目か。


 さすがに気のせいということはありえない。

 今こいつから感じられる力は――かつて大魔神から放出されていた気そのものだ。


 儀式はしっかり中断させたはずなのに……もしかすればもう、再誕の儀式は済んでるってのか?


「なあ、やっぱりそうダロおまえら。ザコ冒険者のオマエらが、教団の連中ヲ6人も倒スなんてありえねエ。……貴様ラ、俺とリースから力を吸い上げヤガッタナ……」


「は…………?」


 なんだ。

 こいつは何を言っているんだ。


 ベルフがDランクへと落ちぶれたのは、俺とユキナが不正をしていたからだと……そう言いたいのか?


「違う! 目を覚ませベルフ‼」


 自我を失いつつある元パーティーメンバーに向けて、俺は大声をあげる。


「おまえはユキナの力を見くびりすぎていたんだ! せっかくユキナのおかげでパーティーが躍進していたってのに……おまえはそんな彼女の力に気づけなかったんだよ‼」


「ウルセエ……。ウルセエウルセエウルセエウルセエウルセエウルセエウルセエウルセエウルセエウルセエウルセエウルセエウルセエウルセエウルセエウルセエ!」


 ドォォォォォォオオオオオオオオ! と。


 ついに恐るべき力がベルフから放たれ、俺は思わず自身の顔面を片手で覆った。


「ああっ!」


 ユキナも吹き飛ばされそうになっていたが、彼女はもう片方の腕で抱きしめておく。


 全身の震えが止まらない。

 全身に走る鳥肌が抑えきれない。


 この信じがたいほどに禍々しくて強大な力……!


 間違いない。

 あいつが、復活する……!


「どういうことだ。儀式はさっき止めたはずなのによ……‼」


 焦りとともにそう呟く俺に対し、

「フフフ……ハハハハハ。これは予想外だったな」

 さっきまで気を失っていたはずの構成員が、不敵に笑いかけてきた。


「大賢者ムラマサが開発した、《移魂の禁法》。それを用いて大魔神様の力をベルフに移動させた後は、もうひとつ重要な手順があった。――ロアルド・サーベント。おまえへの憎悪を引き出すことだよ」


「ぞ、憎悪だと……?」


「そう。我らはあのあと、元勇者への憎悪をベルフから引き出すつもりだった。――だがそんなことをせずとも、あいつはたっぷりの怒りと憎しみを抱いていたようだな」


「…………」


 そういえば二千年前にも聞いたことがある。

 大魔神エクズトリアは、人々の“負の感情”によって生まれた化け物であると。


 好きな人を取り戻したい、憎いあいつにぎゃふんと言わせたい、虐めてきたあいつに仕返しがしたい……。

 そうしたネガティブな思念が溜まりに溜まって、史上最悪の化け物が誕生したのだと。


 だからきっと、ベルフの「憎悪」が重要な鍵になったんだろう。


 ――二千年前に大魔神を倒した、元勇者ロアルド・サーベント。


 そいつへの憎悪が溜まりに溜まった時、再びネガティブな思念が一か所に集まり、大魔神エクズドリアの復活の時が刻一刻と迫っていった。


「ガァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアア‼」


 かくして大魔神エクズトリアは復活してしまった。

 その邪悪な力はもちろん、二千年前からまったく色褪せていない。


 文字通りベルフの身体が乗っ取られたのか、姿形までもがすっかり変貌してしまっているな。


 俺たち人間と同じように、四肢がある点は変わらない。


 だが恐るべきは――それ以外の特徴だ。


 俺の二倍はあろうかという巨体に、途中でねじれた頭部の二本角、漆黒の両目、そして大きく避けた口。

 筋骨隆々の上半身は完全に露出されており、下半身だけは白いスカーフで隠れている。


 そしてなによりも……奴から放たれている漆黒の波動が非常に禍々しい。

 これを見ているだけで寿命な減っていきそうな、そんな感覚さえ感じられる。


「ロ、ロア……。まさか、これが……」


 俺の裾を掴むユキナの身体が、がくがくと震えていた。


 彼女もまた、理解しているのだろう。

 ――目の前にいる化け物が、途方もない力を有しているということに。


「そうだ。絶対に俺の傍から離れるな。殺されるぞ」


「う、うん……!」


「ハァァァァァァァァァァァァァァァァァアア……。ミナ、コロシ。ミナゴロシ……!」


 と。

 俺たちが剣を構えていると、大魔神はあろうことかその場で高く跳躍し――。

 なんと天井を突き破りつつ、地上へと消えていくのだった。

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