素で煽りまくるユキナ

「ふん、舐めやがって。いかに元勇者といえど、本調子を出せていないおまえが――俺たちに勝てると思うな」


 戦闘前、構成員のひとりがそう悪態をついた。


「……ほお、よく気づいたな。俺がまだ本気を出してないってことに」


「当たり前だ。憎きロアルド・サーベントのことを……我々は隅から隅まで調べている」


「なら、つまらねえ御託はよしてさっさとかかってこいよ。自信あるんだろ?」


「ふん。その減らず口、果たしていつまで続けられるかな⁉」


 ひとりがそう言ったのを皮切りに、四人の構成員が一斉に突進を敢行してきた。


 使用武器はみんな剣。

 身のこなしはかなり精錬されており、これまで戦った敵とは段違い。


 そこまでを認識した俺は、四方八方から振り下ろされる剣たちを最小限の動きで避け続ける。


 いかに強敵といえど、それはあくまで現代の枠組みで考えた時の話。

 大魔神はもちろんのこと、この程度ではザバルやムラマサにも劣るな。


「く、くそ……!」

「なぜ当たらないのだ……!」

「おかしい……! 俺たちは元勇者の動きを完璧に把握しているはずだぞ……!」


 たしかに、こいつらは俺の戦い方をしっかり研究しているように思えた。


 視線の方向、剣の持ち方、攻撃の避け方、防御の仕方……。


 人には誰しも《戦い方の癖》のようなものがある。

 この行動をしたら次にはこの動きをする、といったような、ある意味において法則性のようなものだな。


 だから構成員たちは、俺の行動を予測した上で次の一手を取っているようだが――。


 しかしそれでも、俺には届かない。

 こちらの肉体能力のほうが、彼らを上回っている状態だった。


 俺の剣を防ごうと思っても、その前に俺に攻撃されている。俺の剣を避けようと思っても、次の瞬間には俺の攻撃が当たっている――。


 このような戦いが繰り広げられていた。


「はん、頭でっかちな連中だな。理論が通用しなくなったら、もうまったく太刀打ちできねえのか?」


「う、嘘だ! 嘘だ! ありえないッ‼」


 すっかり狼狽してしまっている構成員たちだが、これのカラクリはごく単純だ。


 ――ユキナがいるか否か、である。


 二千年前の俺には、彼女ほど優秀なサポーターはいなかった。飛びぬけた治癒能力のみならず、そこにいるだけでパーティー全体の戦闘力を向上させるなど――正直に言って、化け物の類だ。


 しかもその向上度合いが半端じゃないんだよな。


 つい最近まではBランクの魔物さえ余裕で倒せたベルフが、彼女の後ろ盾をなくした途端、Dランクの魔物さえ倒せなくなったという。


 だからきっと、こいつらにとっては想定の範囲外だったのだろう。


 ――二千年前と比べて力を鈍らせているはずの俺が、これほどの戦闘力を発揮していることが。


「……ふう、どうやらそこまでみたいだな」


 俺はそう呟くと、四本同時に振り下ろされた剣を自分の剣で受け止めた。


 ――ガキン!

 耳をつんざく金属音が周囲に響きわたると同時、構成員たちがぎょっと表情を凍り付かせる。


「馬鹿な……! 我らの攻撃を、こうもあっさりと……!」

「すでに力を取り戻していたか、ロアルド・サーベント……!」


 そう言いつつ剣を押し込もうとしてくるが、今の俺にとっちゃ赤子にじゃれつかれているようなもの。


 さして抵抗するまでもなく、涼しい顔で言い放ってみせた。


「はん、気づくのが遅かったな。俺の力じゃねえんだよ」


「な、なんだと……?」


 構成員のひとりが目を剥いた、その瞬間。

 俺は無理やり剣を押しのけ、四人の構成員を同時に後方へのけぞらせた。


「おおおおおおおおおお!」


 そして彼らが立ち直る隙を与えないままに、それぞれの足へ向けて斬撃を敢行。

 また起き上がられたら困るので、容赦のない一撃を見舞っておいた。


「くおっ…………!」

「馬鹿な、信じられん……!」


 それぞれ呻き声をあげながら、構成員たちが地面に伏していく。


 懸命に立ち上がろうと藻掻いているようだが、無駄だ。


 かなり深い傷を負わせておいたので、そのままでは絶対に起き上がれない。だからといって放置しておくのは危険なので、首筋に手刀を浴びせ、とりあえず気絶させておく。


 ――とりあえず、こっちのほうはいっちょうあがりか。


 あとはユキナが戦っている二名を倒せば、この場にいる構成員たちはみな無力化したことになる。


 そんな思索を巡らせながら、背後を振り向いたのだが……。


「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「な、なんだぁこれはぁぁぁああ!」


 なんとあっちはあっちで、ユキナの蹂躙劇場が開演されていた。


 おそらくあれは、風魔法の《トルネードスピン》。


 攻撃対象者の近辺に巨大トルネードを発生させて、巻き込まれた者の自由を奪いつつ――その鋭い風で相手を攻撃する。


 これ自体は現代にも伝わっている魔法だが、なにしろ威力がすさまじい。


 あれだけ自信のあった《魔神再誕教団》の構成員たちが、なにもできないまま悲鳴をあげている一方だった。


「えっと、えとえと……。じゃあ次は、炎魔法いきます! えいやっ!」


「ぎ、ぎゃああああああああああ!」


 ユキナが可愛らしくそう言った瞬間、今度は構成員たちの近くで耳をつんざく大爆発が発生した。


 こっちのほうは、炎魔法の《ビッグバンバースト》か。


 その名の通り強力な大爆発を発生させることで、対象者に大ダメージを与える大技である。


 こちらもまた、ムラマサの魔法を引き継いでいるだけあって、とんでもない威力だな。


 ここが《封印の間》でなかったら、たぶんこの地下通路は崩壊していたぞ。


「さて、これでウォーミングアップは終わりです! さあ、ここからが本番ですよ!」


 いやいや、これは恐ろしい。

 ユキナはおそらく、今の魔法でさえ全力を出していなかったんだろうな。これで準備運動が終わったとばかりに、再び油断ない構えをとっている。


 ――が。


「ば、馬鹿な……。ありえん」

「まさか我らが、こんな年端もいかぬ小娘などに……!」


 暴風と大爆発から解放された構成員たちは、その言葉を最後に地面に伏せてしまった。


 そりゃ当然だ。

 どこからどう見たって致命傷を負っていたからな。


「あ、あれれ……?」

 しかし当のユキナは、そんな構成員たちを見て目をパチパチさせるのみ。

「ど、どうしたんですか皆さん。死んだふり作戦ですか?」


「ちげーよ。ほんとに気を失ったんだ」


「えっ! たったあれだけで・・・・・・・・で⁉」


 ため息まじりに俺が突っ込むと、なんとユキナは素で驚いていやがる。


 おそらくムラマサの力にまだ慣れていなくて、知らないうちに特大の魔法をぶっ放してしまったんだと思うが……。


 今後、俺はこいつだけは怒らせないようにしようと心に誓うのだった。

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