因縁の場所

「ど、どう? ロア」

「思った通りだ。もう戦闘が始まってんな」


 ――あれから数分後。

 引き続き物陰に隠れつつ、俺は地上の気配を探っていた。


 もちろんそこは上級冒険者に任せるつもりではあったが、かつてムラマサの屋敷では、Aランク冒険者たるミユルでさえ捕縛されていたからな。


 だから少しだけ心配ではあったが――。

 今のところ、問題なく戦えていそうだった。


 あくまで地上の襲撃は陽動のようだし、たいして強い構成員は送っていないのかもしれないな。

 連中の目的はあっちのほうではなく、大魔神を復活させることにあるのだから。


 ゆえに、地上のほうはしばらく問題ないだろう。

 俺たちは俺たちで、目の前のことに集中しなくては……。


「どうだ。パターンC……調子は」

「……うまくいって……ります。まんまと騙さ……そうですね」

「ふふ……。間抜け……め。この調子なら……成功しそうだな」

「ええ……でしょう」


 耳を澄ませると、扉の向こう側から男たちの声が漏れ聞こえてくる。


 内容はさすがに途切れ途切れになっているが、敵陣が油断していることだけははっきり伝わってくるな。この様子であれば、あとはもう突撃して問題ないだろう。


「いくぞユキナ。俺の傍から離れるな」

「う、うん……!」


 彼女が頷くのを確認し、俺は大扉へと歩を進めていく。


 ……本当は、もう二度とこんなところに足を運びたくなかったんだけどな。


 だが現代ではもう、真の意味で大魔神の恐ろしさを理解している者はいない。

 ここはなんとしてでも《魔神再誕教団》の陰謀を阻止しなければ、二千年前の悪夢が蘇ってしまう。


 もしかすれば、俺がこの時代に目覚めたことも、ひとつの運命だったのかもしれないな。

 そんなことを考えながら、俺は扉に向けて唱える。


「エクズトリア・リスボーン」


 その瞬間、ズドドドドドドドドドドドドドドドド……! と。


 鈍い轟音を響かせながら、先ほどと同じように二枚扉が内側へと開き始めた。さっきまでは室内の景色を見渡せなかったが、ここなら嫌というほどよく見える。


「ははは……昔とほとんど同じままか……」


 さっきまでは陰鬱とした地下通路が続いていたが、ここだけは趣がまるで違う。


 まず、部屋そのものが格段に広い。

 今までは細長い通路が続いていたのに対して、ここは何百人も詰め込めそうなほど広大なホールだ。

 上を見ても天井がまったく見当たらず、夜空さながらに星々が瞬いているように見える。


 また、地面には大きな魔法陣が一つだけ描かれており、その中央には祭壇が置かれていた。この祭壇だけは二千年前になかったものだから、大魔神を封印するために作られたものだろう。


 そしてその祭壇の手前では、かつてのパーティーメンバー・ベルフが横たわっていて。

 彼を取り囲むようにして、数名の《魔神再誕教団》の構成員がなにかしらの呪文を唱えていた。おそらく大魔神を復活させるための魔法かなにかだろう。


「な、なんだと……!」

「どうしてここに侵入者が……!」

「おかしい。我々の陽動作戦を見破ったのか……!」


 その構成員たちは、俺を見て驚きの声をあげた。


「そんなたいしたもんじゃねえよ。ちぃと、この場所に因縁があるってだけだ」


「因縁だと……?」

 そう言いつつ、構成員のひとりが俺に向けて目を凝らす。

「そうか、わかったぞ! こいつはロアルド・サーベント……。眠りから目覚めた元勇者だ!」


「…………!」


「なるほど、隣にいるのはユキナ・エミフォートか……!」


 その瞬間、全員の目つきが変わった。

 唱えていた呪文を中断し、それぞれの武器を手に持って、俺に構えの姿勢をとってくる。


 この油断ない動き……。

 やはり地上で暴れている構成員とは、まるで戦闘力が異なっているようだな。


「はっ、光栄だな。俺たちをそんなに厄介視してたのかよ」


「当然だ。おまえは我々の策をいくつも潜り抜けてきたわけだからな」


「は? 策?」


「みなまで言わせるな。おまえとて、これまでの戦いで違和感を覚えたことがあったんじゃないのか」


 言われてはっとする。


 ――たいして難しくもないダンジョンの奥地で登場した、あまりにも場違いなドラゴンゲーテ。

 ――ザバルの小屋で就寝をとっていたとき、いきなり襲ってきた不審人物たち。


 

 それはもしかして、こいつらが遣わせた敵だったってことか……?


「なんだよ。そこまで俺を敵視するなんざ……。もしかして大魔神からの教えかなんかか?」


「ふん。おまえと問答をするつもりはない。とっとと剣を取れ」


「…………」


 やれやれ、これ以上は教えてくれないってか。

 中途半端に話を終わらせやがって、本当に無責任な連中だな。


 見れば、祭壇の横で仰向けになっているベルフは眠っているようだ。もしくは儀式を進めることで、自然と意識が奪われていったか……。


 どちらにせよ、ここまでのやり取りを経ても、あいつが動き出す様子はない。


「なんだおまえら。さっきのやり取りをみるに、ずいぶんとそのベルフを大事にしてたようだが……。そんなにそいつが大事なのか?」


「…………同じことを二度も言わせるな。剣を取れ」


「ふう。やれやれ」


 ため息をつきつつ、俺は鞘から剣を抜く。

 色々と気にかかるところはあるが、最優先は大魔神の復活を止めることだ。


 ベルフが起きて面倒なことになる前に――さっさと決着をつけるとするか。


「ユキナ。おまえはそっちの二人を頼む。俺は残りの四名を蹴散らす」


「お、おっけー!」


 そんなやり取りを交わしつつ、俺たちも戦闘の体勢を取るのだった。





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