偽物の襲撃

「くそ……! いきなり仕掛けてきたか……!」


 一方その頃。

 Sランク冒険者のムフィト・ポロラスは、油断なく戦闘の構えを取りながら、思わずそうひとりごちた。


 ――さっきまで平和だった帝都ローディアスは、一瞬にして混沌の地と化した。


 身体の節々が不自然に折り曲がった、《魔神再誕教団》の構成員たち。彼らが急に住民たちを襲い始めたからだ。


 聞き込み調査をしているなかでは、それほど有益な目撃情報は入ってこなかった。


「知らない」「噂程度でしか聞いたことがない」というくらいの答えしか返ってこなかったのだ。


 にも関わらず、いきなり帝都が襲撃された。


 なんとか生き残った住民に話を聞いたところ、今まで普通に接していた隣人がいきなり暴徒と化し始めたという。《魔神再誕教団》のように身体が不自然に折り曲がっているわけでもなく、あくまで普通の人間・・・・・がだ。


 同様の目撃情報は他にもあった。


 ――近所の人がいきなり暴れ始めた。

 ――さっきまで恋人とデート中だったのに、その恋人が急に狂いだした。

 ――事件前まで普通に話していた友人が、帝都中に響き渡った甲高いサイレンを合図に、急に襲いかかってきた。


 ここにきて、ムフィトは己の未熟さを呪った。


 いきなり暴れだした住民たちは、かつて大賢者ムラマサの屋敷で捉われていた人々ばかり。


 おそらくは、救出した時点で死んでいた・・・・・んだろう。


 聞いた話では、《魔神再誕教団》は死者を蘇生させる術を知っている。それを用いて人質たちを蘇らせ、自分たちの味方にさせた上で、人間社会に放り込んだ――。


 かくして襲撃は成功してしまった。

 完全にこちらの失態だ。


“不自然に身体を折り曲げている”という敵の特徴も、おそらくこの時のためを狙っていたのだろう。


 最初に奇襲してきた構成員たちには、そのような傾向はまったく見られない。


 一見して普通の挙動をしているため、自分たちも彼らが敵だとまったく気づけなかった。


 ――極めて用意周到に練り込まれた襲撃だといえるだろう。


「愚か者めが! 俺たちがいる前で好き勝手にできると思うなよ!」

「全員で力を合わせ、なにがなんでも帝都を守りきってみせる!」


 だがまあ、帝都に上級冒険者たちが大勢集まっていたのは不幸中の幸い。


 突如現れた《魔神再誕教団》に対し、戸惑いつつもなんとか応援できている。おかげで被害はそこまで大きくなく、このまま切り抜けることさえできれば、なんとか勝利を収めることができそうだ。


「各自連携を取れ! 命の危険を感じたらすぐに撤退すること! いいな!」


「「はい!」」


 Sランク冒険者たるムフィトの号令に対し、冒険者たちが素直に返事をする。


 ロアルドとユキナの二人組はどうしているかと言えば――二人の姿はどこにも見当たらなかった。


 帝都がこんなにも危険な目に遭っているというのに、なんとも危機感のない連中である。


 どうしてギルドはあの二人のランクを引き上げたのか、まったく不思議でしかない。


「おらぁぁぁぁぁぁああ!」

「先輩の足を引っ張るな! 俺たちもできる範囲で援護するぞ!」


 一方のDランク冒険者――さっきロアルドたちをなじっていた二人組――のほうは、未熟ながらもしっかりと構成員たちと戦ってくれている。


 しかも危険を察したらすぐに身を引き、しっかりと援護にもまわっているからな。


 正直に言って、ロアルドら二人組とは比較にならないほど有能と言えた。


「まあ、これならなんとか切り抜けられるか……?」


 ひとつ気がかりな点があるとすれば、敵陣が聞いていたほど強くないということ。


 なんでもAランク冒険者たるミユルでさえ歯が立たず、瞬く間に拘束されてしまったというが――。


 今のところ、そこまで強い戦闘員はいなかった。

 弱い人間だけを遣わせているのかもしれないが、こんな重要な場面で、どうして誰も強い構成員がいないのだ……?


「まあ、考えるのはあとにするか……」


 ムフィトはそうひとりごちると、一番近くにいた敵に向けて剣の切っ先を差し向ける。


「後悔するがいい。おまえたちが最悪なタイミングで襲撃をしかけたことをな‼」


「ククク……馬鹿な奴らダ……」


 剣を向けられた構成員は、そう不気味に笑うのだった。

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