落ちぶれたベルフ

「どうだ、地上のほうは」


「ふふ、さしたる問題はない。冒険者どもがなにやら嗅ぎまわっているようだが、しょせんは陽動作戦にさえ気づかぬ間抜けどもよ」


 大広間に繋がる扉の手前。

《魔神再誕教団》の連中を見かけて、俺とユキナは物陰に身を隠していた。


 突撃を図るにしても、ひとまずは近辺の状況を探っていきたいところだからな。


「だが、冒険者とてそこまで馬鹿ではなかろう。いずれは我らの狙いに気づくのではないか?」


「なに、心配は無用。そうなることを見越して、すでにパターンC――偽装の帝都襲撃作戦に切り替えている」


 偽装の帝都襲撃作戦。

 これはまた聞き捨てならない言葉が出てきたな。


 察するに、自分たちの策謀を悟られまいとするための陽動作戦か。俺とユキナとエスリオの三人で、ムラマサの屋敷に潜入した時と同じように。


(ロア。こ、これって……)


 ユキナが不安そうに小声でそう呟いてくるが、俺は小さな首肯で応じるのみ。


 たしかに心配ではあるものの、地上にはSランク冒険者が二名と、Aランク冒険者が少なくとも十名以上はいる。


 俺たちが出張でばらずとも、きっと彼らがどうにかしてくれるだろう。


 こちらはこちらで、やるべきことをこなさなければならない。


「おい、まだかよ?」


 と。

 そこで突如現れた人物に、俺はさすがに咽そうになった。


 ――ベルフ・ゼオータ。


 さっき話題になったばかりの元パーティーメンバーが、なんと《魔神再誕教団》の構成員たちに話しかけたからだ。


「おまえら、あのとき俺に言ったよな? 俺は最強剣士になれる素質がある、だからついてきてほしいって……」


「ふふ、そう急くな。言われずとも、我らにはおまえが必要だ」


 ベルフの問いかけに対し、構成員のひとりが不敵に笑って言う。


「……かの勇者に最も深い憎悪を抱いている、貴様の未熟な精神がね」


「は? なにか言ったか?」


「いやいや、なんでもないよ」


 構成員はそう言ってひょいと肩を竦めると、大広間に繋がる巨大扉を見上げた。


「「エクズトリア・リスボーン」」


 そしてそう呟くと、さっきまで堅牢にそびえていた二枚扉が、轟音を響かせながら内側へと開かれていく。

 できればその内部まで確認してみたかったが、さすがに敵陣に気づかれる恐れがあったため、余計なことはしないでおいた。


 ――エクズトリア・リスボーン。

 おそらく、これが扉を開錠するための呪文だろう。

 忘れないようにしておかないとな。


「ロ、ロア……! い、今のって……!」


《魔神再誕教団》の構成員たちが扉の奥へ消えていったあと、ユキナが悲痛な声を発した。


「ああ……。見間違いようもなく、ベルフだった」


「そ、そんな……‼」


 ユキナが目を八の字にして、心配そうに扉の向こうを見やる。


 ――一度殺されかけたとはいえ、彼女にとっては大事な幼馴染。


 そいつがよからぬ話に首を突っ込んでいるわけだから、やはり心配なんだろうな。お人よしが過ぎると思わなくもないが、そうしたところも含めて、ユキナの良いところだと思う。


「ど、どうしてあんな奴らの話に乗ってるの……⁉ どう考えたって怪しいのに……!」


「シルクの話じゃ、ランクが落ちて余裕をなくしてるって話だからな。正常な判断能力を失っているのかもしれん」


「そ、そんな……」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!

 そんなやり取りをしているうちに、巨大扉の向こう側からまたしても轟音が響きわたってきた。


 そしてそれと同時に――あまりにも懐かしい邪気がひしひしと伝わってくる。


 もう二度と触れたくなった、大魔神あいつの邪気が。


「とにかく、準備を整えたら突入するぞ。このまま放っておいたら、ロクなことにならな――」


 ズドォォォォォォオオオオオオオオオオン‼


 俺が言いかけた瞬間、今度は頭上のほうから爆発音らしきものが聞こえてきた。


 ――考えるまでもない。


 陽動作戦がはじまったのだ。

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