おっさん同士の約束



 ――この邪悪な気配。


 教団の連中が実際にどこまで儀式を進めているのかは知らないが、これはたしかに、厄介なことになっているかもしれない。


 明確な根拠や理屈があるわけではなく、元勇者の血がそう告げていた。


「シルク。すまないが、地下通路に繋がる扉が帝都のどこかにあったな。その鍵を借りることはできねえか」


「ん? あ、ああ……。国に頼めばできるだろうが……そこが気になるのか?」


「ああ。可能なら最優先でそこを調査したい」


 たしか大魔神の死体は、帝都の真下――たしか《封印の間》と呼ばれていた――に置かれていたと思う。


 死体になってからも大魔神は強大な魔力を放出しているため、手を出すに出せず……。


 高名な魔術師たちで手を組んで、厳重な封印を施しているのだとか(その部屋を作り出したのが、あのムラマサである)。


 もちろん、俺としても上級冒険者たちの前であまり目立った行動はしたくない。


 だがこの様子だと――そんな悠長なことを言っている場合でもなさそうだった。


「わかった。それについては急ぎ手配しよう。少し待っててくれ」



「……ちょっと待った。おまえはたしかロアルドといったか」



 そのとき、急に話の腰を折ってくる者がいた。


 Sランク冒険者――ムフィト・ポロラスだ。


「勝手に話を進めるな。たしかにおまえは魔法掲示板で最近目立つようになったが――しょせん冒険者としては若造でしかないだろ?」


 爽やかな青髪に、やや筋肉質な身体。

 二十代にして早くもSランクに上り詰めた凄腕冒険者であると、以前聞いたことがあった。


「シルクさんが言ったことを覚えてるか? 捕縛した構成員が、本当のことを言っているとは限らない。おまえがなにを考えてるかは知らないが……まずは全員で、帝都全体の聞き込み調査をするのが先じゃないのか」


「…………」


「行動を起こす前に、まずはすべての可能性を視野に入れることを肝に銘じろ。さもなくば見当違いのことをしでかす恐れがある。わかるだろ? せっかく上級冒険者になったんだ、これを頭に叩き込んでくれないか」


「…………」


 たしかにムフィトの言っていることは正しい。


 俺だって闇雲に行動することが善だとは思わない。まずは状況を把握して、全体像を理解することのほうが大事――。


 そんなことは、言われなくともわかっている。


 けれど。

 今ここに至っては、そんな悠長なことを言っている場合ではない。

 この邪悪な気配は間違いなく大魔神で、そいつが間もなく目覚めようとしている。この感覚は、二千年前に生きていた者でしかわからない。


「そ、そうだよな……」

「なんで勝手に動こうとしてんだ、あいつ」

「まずは大局を見ないといけないってのに……」


 見れば、ここにいるすべての冒険者がムフィトに賛同を示していた。


 ……まあ、無理もないだろう。

 ムフィトの言っていることは間違ってないし、俺の過去を知らない者からすれば、誰だって彼を支持するはずだ。


「まあ、そう言い争うな」


 やや険悪になりかけた雰囲気を、ギルドマスターのシルクが制した。


「どんなふうに依頼をこなすかは、それぞれに任せることにする。全員で結束したきゃそれでもいいし、個別に行動したいならそれでも構わねえ」


 なるほど。

 それならばまあ、今回は個別で行動させてもらうとしよう。


 気配を感じる限りだと、俺の事情を全員に話している時間的余裕はない。鍵をもらい次第、地下通路に侵入を図るとしよう。


「……ふん」


 ムフィトはつまらなそうに俺を見やると、他の冒険者たちに声を投げかけた。


「したら、俺と一緒に調査してくれる人はいったん別場所で落ち合おう。高ランクのくせに、冒険者としての常識さえわきまえていない者はついてこなくていい」


 結局、俺とユキナだけがこの場に残ることになった。



★  ★  ★



「ほらよ、地下通路への鍵だ」


 それから十分ほど経った後、ギルドマスターのシルクから鍵の束を手渡された。


「このC29って彫られてる鍵が、地下通路へと繋がる扉らしい。場所はわかるか?」


「……なんとなくはな。だがまあ、念のため教えてほしい」


 なにしろ俺が地下通路へと足を踏み入れたのは二千年も前だからな。


 正確な場所を把握していない可能性があるので、正しい場所を知っておきたかった。


「ほらよ。この地図の★マークがついてる場所だ。あとはわかんだろ?」


「……恩に着る」


 受け取ったその地図を懐にしまうと、シルクが感慨深そうに俺を見つめた。


「しかしまあ……驚いたよなあ。まさかあんたら、もうSランクになってたとは。ベルフたちと一緒にいた時は手を抜いてたのかよ?」


「…………はは、まあどうだかな」


 それには答えず、あくまで苦笑に留める俺。


「はっ、相変わらず不思議な男だな、あんたは」


 シルクもそう言って苦笑すると――。

 数秒後には表情を改め、今度はユキナにも向けて口を開いた。


「……ベルフの野郎が、ここしばらくギルドに顔を見せていない。あいつの能力的に、ここでしか生計を立てられねえはずなんだがな」


「ベルフが……?」


「ああ。そういやあんたは知らねえか? あいつはここ最近、Dランクに落ちたんだよ。あまりにも依頼失敗が多かったからな」


「なんだって?」


 一瞬驚いたが、まあ無理もないと思いなおす。

 ベルフが二十歳にしてあそこまでの結果を出せていたのは、多分にユキナの影響があったからだろう。


 彼女は無意識のうちに、パーティー全体の基礎戦闘力を大幅に強化する。


 俺も今までこんな能力者に出会ったことはなかったため、気づいたのはつい最近だったが――。


 ユキナの強化を失ったベルフたちは、文字通り「元の戦闘力」に戻ってしまった。


 いままでは簡単に倒せていた魔物たちにさえ、手も足も出せなくなるのは道理だろう。


「リースはどうした? あいつもここに来てねえのか?」


「そうだ。……つーか、あの二人もバディを解散したらしいぞ。自分たちだけ美味い思いをしようとしていたのが、完全に仇になったんだろう」


 そう言って、シルクがにいっと笑う。


「その一方で、あんたらはまだ一緒にいる。ひょっとしたらもうできてんじゃねえのか、え?」


「な、なななななななな、なんのことでしょうか……⁉」


 ユキナが顔を真っ赤にして狼狽する。

 おい、そういう満更でもなさそうな反応はやめろ。本当に勘繰られちまうじゃねえか。


「はは、冗談だよ」

 シルクはそう言って笑うと、再度表情を改めた。

「リースは他の男に囲ってもらってるって聞いたから、まだいい。だがベルフのほうは――完全失踪だ。なにかがあるとしか思えねえ」


「そうか。……たしかに気になるな」


 シルクの言っていた通り、ベルフは剣以外の特技はなかった。

 いくら低ランクに落ちたとはいえ、ギルドの依頼をこなしていかないと生計を立てられないはずだが――。


 そのギルドにも足を運んでいないとなると、たしかに気にかかるな。


「わかった。もちろん優先は《魔神再誕教団》のほうだが、ベルフも気にかけておくことにするよ」


「ああ、頼むぜ」


 おっさん同士の約束を交わし合い、俺はユキナをともなってギルドを後にした。


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すみません、予約投稿の時間を間違えて一瞬だけ先の話が公開されてしまいました。

いまは修正されています。

申し訳ございません。

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