怪しい陰謀

 さて。


 今回の依頼で集まってきた冒険者たちは、だいたい十五名ほどだった。


 そのうちで、俺たちを除いたSランクは二名のみ。


 エリートとして知られるAランク冒険者たちがヘコヘコと恐縮しているもんだから、いかにSランクが“天上の存在”なのかを思い知らされるよな。


「いやぁ~感激です! まさかムフィトさんとお会いできるなんて!」

「あなたはリアーラさん! 実は僕、あなたのことを尊敬してて……」


 という会話が、応接室のあちこちで繰り広げられている。


 そのなかにおいて、俺とユキナは当然ながら浮いた存在。誰からも話しかけられることなく、ポツンと手ごろな椅子に腰かけるのみだった。


「ふふ、きっとみんな驚くだろうね。私たちの本当のランクを知ったら」


「……まあな。だが黙っておけよ。そんなことしたって、ロクなことは起こらねえ」


 二千年前もそうだった。

 俺が勇者と呼ばれていることを知って、多くの人間が詰め寄ってきた。


 勇者と距離を縮めて、名声を高めたい若者。

 勇者に自前の剣を使ってもらって、自分の店を宣伝してほしい鍛冶師。

 勇者と恋人の関係になって、将来の生活を安定させたい娘たち。


 一見すると“羨ましい”ようにも思われるが、そんなことはない。余計なライバルを作らないために互いを潰し合ったりする光景を、俺は何度も見てきた。


 ……もう、あんな面倒事に巻き込まれるのは御免なのだ。


「…………ふ」


 隅っこで縮こまる俺たちに、ギルドマスターたるシルクが意味深な笑みを浮かべた。

 各支部のギルドマスターだけは俺たちのランクを知っているようだから、この光景が滑稽に思えるのかもしれないな。


「さて、それじゃあ依頼の概要を話す。全員、静まってくれ」


 シルクがそう述べると、さっきまで賑やかだった応接室が一瞬にして静まりかえる。


 このあたりの切り替えは、さすがはAランク以上の冒険者たちだな。


「こほん」


 シルクはそこから一拍置いて、手元の資料を確認しつつ話し始める。


「皆も聞いていると思うが、現在、帝国全土で《魔神再誕教団》なる組織が暗躍を続けている。帝国各地で誘拐事件が相次いでいたのも、同組織によるものとみて間違いない。奴らは手強く、調査に向かったAランク冒険者でさえ歯が立たなかった」


 そこでシルクは、一瞬だけ俺に視線を向ける。


「今回Aランク冒険者たちを招集したのはそのためだ。皆はこれまで多くの依頼をこなし、相応の自信をつけているとは思うが――油断していてはやられるぞ。まずはこのことを肝に銘じていただきたい」


 ごくり、と。

 冒険者のひとりが息を呑む気配があった。


「そして先日の事件にて、《魔神再誕教団》の構成員の捕縛に成功した。奴らの口は堅かったが、ここにきてようやく、奴らの陰謀が少しずつ明るみになってきたということだ」


 おお。

 あの事件以降、俺も続報はまったく聞いていなかったからな。

 ここは個人的にも気にかかるところだった。


 シルクは教団が怪しげな魔法を研究していること、それを使って死者の肉体を再利用していることを述べると、次にこう言った。


「当時誘拐されていた者たちは、助かった者も多かったが、同時に命を奪われた者も多かった。それもまた、怪しげな実験の確度を上げるためだったらしいが……」


 そこでシルクは一拍間を置くと、これまでよりも数段重い声音で言った。


「…………その実験を経て、奴らはついに編み出すことに成功したらしい。はるか昔、世界全土を壊滅に至らしめかけた大魔神を復活させる……。そのための儀式をな」


 しん、と。

 集まっている冒険者たちが静まりかえった。


 現代を生き残っている者たちからすれば、あまりにも突拍子もない話だ。だがそれでもシルクの言葉を全面否定しないのは、やはり彼らが高ランクの冒険者であるがゆえか。


「そ、それは本当なのか……? ありもしない嘘をでっちあげて、本当の陰謀を隠している可能性は?」


 一人の冒険者が、当然の疑問をシルクに投げかける。


「その可能性もある。だから今回おまえたちを招集したんだよ。あらゆる事態に対応できる、上級の冒険者だけをな」


「…………」


「だから当然、今回の情報を鵜呑みにしてほしくはないが――。もしこの証言が本当だった場合、それこそ取り返しのつかないことになる。実際、過去の著名人が肉体だけ蘇っているのを、多くの冒険者が目撃しているからな」


 再び静まりかえる応接室。


 誰も発言しようとしないので、今度は俺が

「ちょっといいか」

 と挙手する。それだけで周囲から視線が突き刺さってくるのを感じる。


「それで帝都に招集した理由はなんだ。なにか理由があるのか?」


「……この証言を聞いたあと、《魔神再誕教団》の構成員が頻繁に帝都近辺に姿を見せるようになった。なにか事件を起こすのであれば、ここらだと判断したためだ」


「ふむ……」


 なるほど。

 ここには皇族のみならず、政界の著名人も大勢住んでいるからな。

 帝国にしてみれば、この帝都を守るのが第一優先だろう。


 ――――それに、俺が大魔神と最後に戦ったのも帝都周辺だ。


 正確には、帝都の地下にある大広間だけどな。


 と。

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド! と。


 いきなり激しい震動が発生し、俺は思わず竦み上がった。


「な、なんだ!?」

「じ、地震か?」


 いや。違う。

 このおぞましい気配は――奴も二千年の眠りから目覚めようとしている。


 俺は無意識のうちにそう感じ取っていた。

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