大魔神の息遣い

 それからさらに一週間。

 いつも通りギルドに足を運んだ俺は、そこで興味深い依頼書を見かけた。



 ――身体を不自然に折り曲げた、不審な連中が近くをうろつきまわっている。各支部の冒険者たちも、どうか協力して調査願いたい。なお指定ランクは念のためA以上とする。 冒険者ギルド ローディアス帝都支部――



「これは……」


 考えるまでもないだろう。

 かつてムラマサの屋敷を占拠していた、《魔神再誕教団》の構成員だ。


 あのときは孤島をうろついているだけだったのが、今度は帝都で姿を目撃されるとはな。

 よほど頭がイカれてしまったか、奴らの計画が最終段階まで進んでいるのか……そのどちらかだろう。


「ロア。これ受ける?」


「ふむ……」

 ユキナに言われ、俺は顎をさする。

「行きたいのは山々だが、呼ばれているのは帝都だぞ。ベルフやリースが……俺たちの悪評を垂れ流していた場所だ」


「あ……」


 俺の言葉を受け、ユキナがしゅんと地面に視線を落とす。


 もちろん、冒険者だって馬鹿じゃない。

 自身のパーティーの悪口ばかりを言うベルフに、嫌気がさしていた者が大半だろう。


 けれど――。

 そんなベルフを慕っていた者も、残念ながら少なからず存在する。


 なにしろ当時のベルフは、二十歳にしては剣の腕前が抜きんでていた。軍から転職してきたわけでもないのにわずか二年でCランクに昇格し、Bランクの魔物でさえ簡単に倒していたからな。


 まさに才能の塊のような奴だと、まわりの冒険者たちに持て囃されていた。


 もちろん、それも今ではユキナのおかげだったのではないかと思うが――とにもかくにも、当時のベルフが大きな活躍をしていたのは事実。


 だから悪口を言いまくるベルフに、文字通り心酔していた者も少なからず存在した。


「あの追放があってから、あいつらの悪口が加速した可能性も否定できない。――それでも、行くか?」


「…………」


 そう問われて、ユキナは引き続き顔を伏せたまま動かない。


 ――まあ、無理もないだろう。


 俺は別に、ベルフやリースとはそこまで仲良くなかった。

 あくまでともに依頼を完遂するだけの、いわばビジネスパートナーとしての認識しかもっていなかった。


 だが――ユキナは違う。

 生まれ故郷でともに育ち、苦楽をともにしたかけがえのない幼馴染。

 成人してからはみんなでパーティーを組み、より高みを目指して頑張り続けてきた仲間たち。


 そんな二人に裏切られたのだから、その心労は察するにあまりある。


 ここで「やっぱり行きたくない」と言われたとしても、俺としてはまったく非難するつもりはなかった。


 ――けれど。


「行く」

 その瞳に強い決意を称え、彼女は言った。

「私だって、ずっと逃げてるわけにはいかないから。《魔神再誕教団》の動向を探るためにも、私自身の壁を乗り越えるためにも……ここは逃げちゃいけないと思うから」


「……そうか」


 そう言いつつ、俺は彼女の頭にぽんと手を乗せる。


「よく言ったな。おまえは俺が守る。だから無理すんなよ」


「うん。ありがと」


 頬を赤らめ、ユキナはこくりと頷いた。


 …………勇者としての血が告げている。

 ここ数日前から、不穏な気配がどこからか漂い始めていることを。

 二千前に戦った化け物の息遣いが、どこからともなく感じられることを。


 いくら元勇者の力があるとはいっても、油断することは到底できない。ここからはより身を引き締めて事に当たらねばならないだろう。


 そんな決意を秘めた時、俺はふと眉をひそめた。


 胸ポケットに入れていた魔法写真が――一瞬だけ、ほのかに光った気がしたからだ。


「なんだ……?」


 試しに魔法写真を取り出すも、当然ながら光っている様子はない。


 気のせいか……?


「ロア? どうしたの?」


「あ、いや。なんでもねえ」


 ユキナに呼ばれ、俺は依頼書を持ってギルドマスターへ歩み寄るのだった。

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