勇者ロアルド

「お、おまえは……」


 ユキナの爆弾発言に、俺は驚愕を抑えることができない。


 ――――まだ二十歳のユキナが、おっさんたる俺に好意を抱く。


 実を言えば、薄々勘付いてはいた。

 今までの“彼女の行動”を思い起こせば、俺を特別な相手として認識している可能性は非常に高い。そう思っていた。


 言うまでもなく、俺は四十を超えた童貞だ。

 女性経験のない俺の直感なんてまったく当てにならないし、単に俺を「尊敬する年上」と見なしている可能性もあったからな。


 だから今までは、勘付いてはいても見ないフリをしていた。


 ユキナならきっと、俺以外にも良い人がいると思っていたから。

 目先の欲で彼女と結ばれたって、のちのち彼女を苦しめるだけかもしれないと思ったから。


 ……こうして思い起こすだけでも、本当に女々しい男だよな俺は。


 いくら大魔神を倒した英雄といったって、女を前にするとろくな行動を起こせない。

 こうしてユキナに本音をぶっちゃけさせてしまったのも、大人の男としてはあまりにみっともないだろう。


 身体の関係だけがあっても大丈夫なんて……若い女に言わせるもんじゃねえもんな。


 もういい歳したおっさんだから。

 もう現役は引退した身だから。

 ――そんな言い訳とは、ここでおさらばだ。


「すまねえな、ユキナ」


 恥ずかしそうに背を向けていた彼女に、俺はぼそりと言った。


「現代では武神様とかなんとか言われてるが、俺はこの歳まで経験がねえんだ。もう察してるかもしれねえけどな」


「ロ、ロアルドさん……」


「おまえの気持ちは嬉しいよ。けど、そんな俺と一緒にいたって……おまえを不幸にさせるだけかもしれない。そう思って――」



「そんなこと、ないです!!」



 俺の発言を、ユキナが大声で遮った。


「たしかに年齢は離れてますけど、だからどうだって考えたことは全然ないです! 私にとってロアルドさんは素敵な人で……! だからずっと一緒にいたいって思って……!」


「ユ、ユキナ……」


 本当に信じられなかった。

 ベルフ率いるパーティーにいた時は、そんな気配はまったく感じなかったのに。


「……だって、当たり前じゃないですか。あのときロアルドさんは、自分が呪いにかかってることを知っててドラゴンゲーテを倒して……。弱い私を、ずっと守ってくれて……。それで惚れないわけがないんですよ」


「…………」


「だから、身体の関係だけでもいいです。これからもずっと、ロアルドさんと……んむっ」


 またよからぬことを口走りそうになった彼女の口を、俺は自身の唇で塞いでみせた。


「ん……あ……」


 思考がとろけそうなほど甘い時間を堪能してから、俺は言った。


「馬鹿いうな。おまえは俺にとって、そんなに軽い女じゃねえ。――こんなおっさんでよければ、ずっと一緒にいてくれ」


「あ…………」

 ユキナの目が大きく見開かれた。

「ほ、本当ですか……? 嘘じゃないですよね……?」


「当たり前だろ。こんな悪質な嘘はつかん」


「…………」


 ぽろり、と。

 彼女の頬に雫が伝った。


「私、ずっと寂しかったんです。ベルフに追放されてから、ずっと、ずっと…………。幼馴染だと思ってたのに、なのに…………!」


「ああ……」


「うわぁぁああああああああん!」


 初めて思い切り甘えてきた彼女を、俺は黙って受け止めた。


「すまんな。今まで本心に気づいてやれなくて」


「いいんです。いいんです。だって私、いま……人生で一番幸せですから」


 胸のなかで泣きじゃくる彼女を、俺は無言で抱き返す。


 本当に愚かなことをしていたな……俺は。

 今後はなにがあっても――彼女を守っていこう。


「それと、ロアルドさん。ひとつだけ……リクエストしてもいいですか」


「ん?」


 そして――数分後。

 ひとしきり泣き終わったあと、ユキナが俺の胸のなかでそう言いだした。


「よくわかんないんですけど、あの張り紙がさっきからずっと気になってて。きっとお店の人が気を利かせてくれたんだと思いますけど」


「張り紙……?」


 言われてそちらに向けると、そこにはとんでもないことが書いてあった。



 ――今はお客様方の貸し切り中です――


 ――当温泉は本来そういう行為・・・・・・を認めてはおりませんが、エスリオ様から多額の資金をいただきましたので、今日限りは容認致します――



「そ、そういう行為って……」


「ふふ……♡ ロアルドさんが今思い浮かべたことだと思います」


「……はん。さっきも言ったよな。おっさんをからかうもんじゃねえよ」


「あ…………!」


 やっぱり俺も、男だった。

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