ユキナの胸硬作戦ふたたび


 それから俺たちは、Sランク冒険者の心得的な話を聞くことになった。


 エスリオは「この二人にはそんなもの不要じゃ!」と言っていたが、一応、形式だけでもやっておく必要があるらしいな。



 ・国からの緊急依頼が入ることがある

 ・緊急の依頼が入った時、優先してそれが通達される

 ・緊急依頼の参加は強制ではないが、極力それに応じてほしい

 ・Aランク以下の冒険者よりも責任が伴うことになるため、ギルドから月100万ゴールドの支給がある



 気になったのはひとまずこのへんか。


 あとはSランク冒険者のギルドカードをもらったので――もちろん人前で出す予定は毛頭ないが――これにて俺たちはギルドから出て行くことになった。



★  ★  ★



「ほいじゃ、ワシはいったんこのへんで失礼するとするかの」


 ギルドから出た後、エスリオがふいにこう言い出した。


「失礼するって……あの小屋にまた戻るのか?」


「そうですじゃ。いくらユキナ殿の薬があるとはいえ、レナを放っておくことはできませんのでな」


「そうか……」


 まあ、当たり前っちゃ当たり前のことだよな。

 ずっと一緒に住んでいたエスリオが急にいなくなったんじゃ、レナも生活しにくいだろうし。


「ほっほっほ……。まあそれに、せっかく若い女子おなごとバディを組んどるのに、ワシはただのお邪魔虫でしかありませぬ。ババアは空気を読むものというわけですじゃ」


「な、なにを言っとるんだあんたは……」


 まったくもって意味不明だが、まあ無理に引き留める理由もあるまい。

 同じSランク同士になったわけだし、緊急依頼があった時は合流することになるだろうしな。


「じゃあ、ユキナ殿。これから頑張るんじゃよ・・・・・・・・・・・


「は、はいっ……‼」


「…………?」


 なにやら意味深な会話を繰り広げている二人だったが、まあここは放っておく。


 男が首を突っ込んじゃいけない話もあるって、過去でさんざん経験してきてるからな。


 そういうわけで、エスリオはいったん、住まいの山小屋に戻ることになった。


 馬車に乗っていくのではなく、そのまま勢いよく走り出していった時は驚いたが……。まあ、それが当代最強の冒険者と言われる所以か。知らんけど。


 ざざざざあ、と。

 二人になった俺たちの間を、穏やかな温風が駆け抜けていく。


 ここ最近は慌ただしい日々が続いていた。

 互いが互いを気に掛ける余裕などなかった。

 けれど、改めて考えるとすごいよな。おっさんと美少女が、こうして隣に並んでいるなんて。


「あ、あの…………!」


「ん?」


 急にそう切り出され、俺は目を瞬かせる。


 どうしたんだいったい。

 なにやら顔を赤くして、恥ずかしそうに両手の人差し指をつんつんしているが。


「さっきエスリオさんが言ってたんですけど、このへんに有名な露天風呂があるらしいんですよ」


「ん? お、おう……」


「しかもそこ、混浴らしくて……。だから・・・一緒に行きませんか?」


 いやいや、そこ言葉が繋がってないんだが。

 混浴だから・・・行くって……こいつはおっさんと裸の見せあいっこでもしたいのかよ。


 明らかに正気じゃなかったので、俺が引き留めようとしたその瞬間。


「じゃあ、決定ですね! 行きましょうお風呂に‼」


「お、おい掴むな!」


 急にぐいっと腕を掴まれ、そのまま引っ張られてしまう俺。


 なんだよこの馬鹿力。《魔神再誕教団》の構成員よりも強いんだが、もしかしてこれもムラマサに授けられた力なのか……?


「だってロアルドさん、あのとき言ってたじゃないですか」


「は?」


「私たちは親友ですよね? だったら一緒に露天風呂くらい行って当たり前じゃないですか」


「…………」


 言った。

 たしかに言った。

 そして親友だから、一緒に風呂に入ってもおかしくないのはごもっともだが……。

 なにかがおかしい気がするぞ。


「そういうわけですから、行きますよ! はい決定です!」


 むにゅ、と。

 胸をそこで押し付けられ、その疑念は一瞬にして吹き飛んでいった。

 俺もまだまだ男だった。

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