隠れSランク冒険者

「――は⁉ “隠れSランク”への昇格⁉」


 ルーマス村の冒険者ギルド。その応接室にて。

 ユキナとともにギルドマスターに呼び出された俺は、そこで衝撃的な話を持ち掛けられていた。


「ええ。それが妥当な処理だと思いますが、どうでしょう」


 テーブルの向かい側でそう頷くギルドマスターは、一言でいえば“勝気そうな女性”という表現がぴったりの人物だった。


 年齢はおそらく二十代後半だと思うが、まずその風格がすさまじい。

 赤い髪に筋骨隆々の肉体からは、おそらく昔は凄腕の冒険者だったのであろうことが想起される。


「なにせロアルド殿たちは、Aランク冒険者でさえ突破できなかった事件を解決してみせた。それでいて自身の力を過信している様子もなく、冷静に戦況を見て立ち回ることができる。……むしろSランクになっていないほうがおかしい気がしますがね」


「…………」


 やけに流暢に喋る女ギルドマスター。

 その隣に座っているエスリオにちらりと目線を向けると、愉快そうにピースサインされた。……この女、ほんとに還暦迎えてんのかよ。


「ギルドマスター。もしかして今の話は、エスリオさんから聞いた話ですか」


「ええ。もはや疑う余地すらない、信頼のおける方からの推薦ですからね」


「…………」


 ジト目で再びエスリオに視線を向けると、今度はダブルでピースサインされた。


 ……マジでなんなんだ、この女。


「またロアルド殿だけじゃなく、ユキナちゃんも同様にSランク昇格を考えています。類稀なるサポート能力を持っていることもすでに聞き及んでいますから」


「わぁ……!」

 名前を呼ばれたユキナが目を輝かせながら身を乗り出した。

「ほんとですか⁉ 私、Sランクになれるんですか⁉」


「ふふ、そうだな。精神的にも問題なさそうだし――なにより君は、私に好みのカオをしているのだよ」


「カ、カオ……⁉」


「ああ。あどけない顔の割に大きなおっぱい、これは私のようなオジサン・・・・の心を強く揺さぶるもので――」


「こほん」

 会話が妙な方向に進みそうだったので、俺は隣に座るユキナに目を向ける。

「その様子だと、おまえはSランクになりたかったのか? 嬉しいのはわかるが、そのぶん責任もついてまわるんだぞ?」


「はい、もちろんです……! 私の力でもっと多くの人を助けられるなら、こんなに嬉しいことはありませんから……」


「…………」


 そうか。

 そうだったな。

 昔からユキナはそういう女だった。


 実力不足だとわかっていても、ベルフのパーティーに居残り続けて。いつかくるだろう己の成長を信じて、みんなへの恩返しができるよう願っていた。



 ――私、強くなったらベルフやリースたちに恩返ししたいんです! あ、もちろんロアルドさんにも‼――



 居酒屋でそう語っていたのを、俺は今でも強く覚えている。


「あ、そうですね。その責任という部分ですが」


 ふいに降りてきた沈黙を、女ギルドマスターがそう言って破った。


「特にロアルド殿に関しては、『あまり力を誇示されないほうがいいだろう』とエスリオさんから言われています。ですからSランク冒険者として昇格手続きしておいて、それを周囲に告知しない方法を取ることもできます。いかがでしょう」


「ほう……」


 そういえばそんなようなことを、ルーマス村の受付嬢も言ってたよな。


「Sランクになったほうが、そのぶん冒険者として大きな依頼を受けられますし……もちろん生活も優雅になっていきます。ロアルド殿にとっても悪くない案件かと思いますが」


「ふむ……」


 それならばまあ、悪くない選択肢だな。

 一年くらい貯蓄をし続けてきたとはいえ、現状だとそんなに余裕があるわけでもない。


 金稼ぎという観点から見ても、Sランクになったほうが有難いのは事実だった。


 唯一の難点といえば、周囲から無用な注目を浴びてしまうことだが……。

 それはエスリオが調整を効かせてくれたんだもんな。


 そう思いながらエスリオに目を向けると、またダブルペースされた。


「……わかりました。では隠れSランク冒険者として手続きを進めてもらえると助かります。よろしくお願いします」


 そんなエスリオを無視し、俺は女ギルドマスターにそう告げた。


 またその際、ユキナが「ロアルドさんと一緒がいいです!」と言い出したので、彼女も同じく“隠れSランク冒険者”になることになった。

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