いつまでも変わらないからこそ

「お、おいおいおい……」


 ユキナが魔法をぶっ放したことで、ムラマサの研究室はとんでもない被害を受けた。


 壁面の本棚には書籍が整然と並べていたが、それが無惨にも総崩れ。本棚は崩れるわ本はあちこちに飛んでいるわで、なんとも悲惨な状態になっていた。


 もちろん影響を受けたのはそれだけではない。

 部屋の各所にあった調度品も、研究に利用されていたという資料も……見事なまでにとっちらかっていた。


「あああああああ! 馬鹿なぁああああ…………!」


 その部屋を見渡しながら、ムラマサが悲痛な声をあげる。


「なんということだぁあああ! 僕の大事な研究室が……!」


「なに言ってんだおまえ。もう死んでるから関係ねえだろ」


「そういう問題じゃない! この資料たちは僕の命なんだッ!」


「そ、そうか……」


 まあ、誰だって自分の部屋を荒らされるのは嫌だろうしな。

 しょうがねえ。後で掃除しておくとするか。


「す……すごい。これが私の力……?」


 当のユキナは、地面に伏せている《魔神再誕教団》の構成員を見て、目を瞬かせていた。


「やりました。私、私……‼」


「やったなユキナ。これでもう、おまえがパーティーのお荷物になるってことはねえだろ」


「ロアルドさん……!」


 感極まったのか、ユキナが俺の胸にダイブしてくる。

 その際に二つの柔らかい膨らみが当たってきたが……まあ、今それを突っ込むのは野暮というものか。


 なにしろユキナは、先日パーティーを追放されたばかり。

 本当に冒険者としてやっていけるのか、別の道を模索したほうがいいのか、そしてなにより、自分の手で多くの病人たちを治していけるのか……。


 自分の将来について、きっと真剣に考えてきただろう。


 こうして魔術師としての力を身に着けることができたのなら、それはもう杞憂に終わる。冒険者として活動しながら、俺やレナのように、困っている病人がいたら手を差し伸べればいいんだからな。


 ……ほんと、ベルフやリースは勿体ないことしたもんだ。


 無自覚にパーティーを強化できて、大魔神の呪いを緩和できて、大賢者ムラマサの魔法をも扱える。

 そんなユキナを、無能だからという理由で追い出してしまったのだから。


「はぁ~あ……」

 ひとしきり叫び終わったムラマサが、ちらりとユキナを見つめて言った。

「でもまあ、さっきユキナさんにはひどいこと言っちゃったしね。これくらいの罰は受けて当然か」


「え? ひどいことですか?」


 あまり自覚がないのか、きょとんとするユキナ。


「……はは、なんでもないよ」


 そんな彼女にムラマサは苦笑を浮かべると、今度は俺にも向けて二の句を継げた。


「神の言葉によると、戦闘での勝利を重ねれば重ねるほど、神の力が引き出されるようになるんだってさ。そんでそれは、元勇者と一緒にいると成長速度が倍になるとかなんとか」


「も、元勇者……」


 おいおいおい。

 それはつまり、あれか。

 今後とも俺と一緒にいろってことか。


「ふふ、まあそうだよね。ロアには獲得経験値が二倍になるっていう隠しスキルがある。そういう意味では、ユキナさんとはこれからも一緒にいたほうがよさそうだね」


「へ……? そうなんですか?」


 ムラマサから余計なことを暴露され、俺は思わず舌打ちをかます。


 童貞のくせして、俺とユキナが一緒になるようそそのかしてくるとはな。

 本当にこいつは……二千年前から変わらねえまんまだよ。


「ま、そういうことさ。君さえ嫌じゃなければ、どうかこいつロアとは末永くいてほしい」


 と。

 そう言っている間にも、ムラマサの姿が少しずつ薄れ始めた。

 さっきまでは明瞭に見えた姿が――徐々に風景と同化し始める。


「…………もう時間切れってことか?」


「うん、そうみたいだね」

 もうすぐ自分が消えるってのに、ムラマサの表情は明るいままだった。

「ま、悪く思わないでくれよ。この思念体の姿じゃあ、ユキナさんに魔法を託すだけで精一杯だった。それが理由で……《魔神再誕教団》は野放しにしちゃったけどさ」


「はっ、わかってるさ。細けえことは気にするな」


「それもそっか。お互いに童貞だしね」


「それは関係ねえだろ」


 本当にこいつは……呆れるくらいに昔と変わらねえまんまだな。

 俺はなんだか恥ずかしくなって、消えゆくムラマサに背を向けた。少しずつ姿を薄めていくこいつの姿を……見たくなかった。


「いくなら早くいけ。こちとら疲れてんだ」


「はは、冷たいねえロア。せっかく二千年来の再会だってのに」


「…………」


「…………僕の姿が消えたら、そこの引き出しを開いてくれ。他ならぬロアに、伝えたいことがある」


「そうか……。わかった」


「それじゃあね! 君は世界を救ったんだ。残りの半生くらい、自由気ままに過ごすといいさ!」


 そう言って消えていくムラマサの声は、相も変わらず明るいままだった。

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