神の力を受け継ぎし聖女

「い、古の聖女……?」

 ムラマサの言葉に、ユキナが驚きの声をあげる。

「なんですかそれ……? 聞いたこともないんですが」


 ユキナの言葉を受けて、大賢者ムラマサが壁面の本棚に向けて片手を突き出した。


 ふわり、と。

 たったそれだけの動作で、一冊の本がユキナの手元に浮遊していく。


「どこかに端が折れてるページがあるはずだ。それを開いてほしい」


「……え、えっと。これですね」


 そう言ってユキナが該当の箇所を開いたので、俺も一緒になってそのページを覗き込む。



――世界が再び闇に包まれし時、それを切り開く二人組現れたり――

 ――ひとりは一度目の闇を切り裂き、世界に大いなる功績を遺した者なり――

 ――残るもう一人は、戦いによって傷ついたその勇者を、神の力によって癒せる者なり――



「こ、これは……」


 見たことのある一節を見て、俺は思わず上ずった声をあげた。


「ふふ、ロアも思い出したようだね。大魔神と戦う前、“世界の創造主”と名乗る神が僕らの前に現れた。その際に伝えてきた言葉が……これだ」


「ああ……」

 過去の記憶を懐かしみながら、俺は小声でぼやく。

「そうだったな。ようやく記憶が蘇ったよ」


 長い金髪に紺碧の瞳、そして白銀のローブをまとった美しい女性……。

 どこか神々しささえ感じられる女が俺たちの前に現れるや、いきなり「自分はこの世界の管理者です」と言い始めたんだよな。


 まあもちろん、普通に考えたら胡散臭い話である。


 けれどおそらく――その女性が神に近い力を持っているのは本当だと思う。

 魔物との戦いで瀕死直前に陥っていた仲間を、なんと一瞬で回復させてみせたんだからな。


「ま、待ってください! ど、どういうことですか⁉」


 しかし当然、ユキナは話についていけない。

 俺とムラマサに交互に視線を向け、最後に俺を見つめて言った。


「名匠ザバル様から手紙を貰って、今度は大賢者様とまで対等に話してて……! やっぱり、やっぱり……! ロアルドさんは武神様なんじゃないですか……?」


「…………」


 その言葉に、俺は一瞬だけ押し黙ってしまう。


 ――過去を知られるなんて、面倒でしかない。

 よからぬ下心を持って近寄ってくる人間が絶対いるだろうし、無暗にへこへこされるのだって御免だ。


 俺はあくまで普通のおっさん。

 だから今まであえて出自を隠していたが……彼女になら、本当のことを言っても構わないだろうか。


「……そうだ」

 そして数秒後、俺はこう答えていた。

「俺は武神ロアルド。大魔神を倒した男だ」


「あ…………」


「悪いな。別におまえが信用できないってわけじゃない。だが……こんなん言っても、痛い男だと思われるだけだからな。今まで黙っていたことを許してくれ」


「…………や、やっぱり……」


 この口ぶりだと、うすうす感づかれてはいたようだな。

 こうなるのも時間の問題だったか。


「だって、ロアルドさん強すぎますもん……。かっこいいし、すべてを達観しているし、他のおじさんとは全然違うし……」


 おい。

 なにを言い出すかと思えば、またこいつは……。


「こほん」

 そんなユキナを呼び覚ますように、ムラマサが話を切り出した。

「まあそういうわけで、僕らは神様と思わしき女性と話したことがある。その予言が正しければ――君は神様の力を持っているということになるね。大魔神の呪いをも打ち消せるのは、おそらくそこに起因しているんだと思うよ」


 そして次にムラマサが放った言葉は、俺さえも驚きを隠せないものだった。


「だから、僕が長年開発し続けてきた魔法の集大成を、君に授けたい。君ならきっと……使いこなせるだろうから」

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