大賢者ムラマサ

「だ、大賢者ムラマサ様……!?」

「ど、どどどどうしてロアルドさんは普通に話してるの……?」


 ムラマサを見た瞬間、ユキナとミユルが驚きの声をあげる。


 まあ……そりゃあ驚くよな。


 大賢者ムラマサ・ヒューテストは、いわゆる歴史上の偉人として扱われている。この人物がいなければ、魔法学が今ほど発展することはなかったと。


 ユキナが言うには、こいつはなんと教科書にも取り上げられているようだし――。

 そんな人物が目の前に現れたとなれば、そりゃあ驚かざるをえないよな。


「はっ、よかったじゃねえかムラマサ。今ではおまえ、すっかり偉くなってるみたいだな」


「いやいや、まったく冗談じゃないよ。生きているうちに功績が認められれば、可愛い女の子とのイチャイチャ生活を満喫できたかもしれないのにさ」


 そう言って肩を竦めるムラマサの身体は……明らかに透けていた。


 もちろん、幽霊の類ではないと思うけどな。手を伸ばしても虚しく通り過ぎてしまうだけで、触れることさえできなかった。


「意外だな。おまえのことだから、子孫を残すのを諦めて、自分が不老不死になる方法でも探してるだろうと思ってたんだが」


「……ふふ、なんだいそれ。喧嘩売ってるのかい?」


「人聞きの悪い。信頼の証だよ」


「…………ふふふふふふ」


「…………ククククク」


 二人してしょうもないやり取りを繰り広げたあと、ムラマサは「はぁ~あ」と言って話題を切り替えた。


「まあ、やろうと思えばできたよ。不老不死っていうよりも、《移魂の禁法》――魂を別の肉体に映す魔法になるけどね」


「げっ……マジかよ」


 なかなかエグい魔法だな、それ。

 俺の反応をどう思ったか、ムラマサはやや憂いを帯びた表情で言った。


「……だけど僕はその方法を取らなかった。本来はとっくに失っているべき生命に固執して、醜い姿になってでも生き続ける……。どうだ、みっともないと思わないかい?」


 そう言ってムラマサが見つめる先には――地面に這いつくばっている《魔神再誕教団》たち。


「おいおい、まさかこいつらがおまえらの屋敷にいたのって……」


「ふふ、気づいたようだね。僕が死んだあと、僕の生前の研究にあやかって《移魂の禁法》を極めようとしたのさ。まったく不愉快な連中だよ」


「…………」


「もう知ってると思うけど、こいつらが所属している組織は《魔神再誕教団》。どうだい……色々繋がってこないかい?」


「ああ……。ムカつくほどにな」

 

 ――魔神再誕教団。

 その組織名からわかるように、こいつらは大魔神を復活させようとしているんだろう。

 そしてそのための方法こそが――ムラマサが研究しかけていた《移魂の禁法》。

 自分たちの肉体もとっくに死んでいるはずだが、それさえも無理やり復活させているのだ。


「僕は死ぬ直前、《魔神再誕教団》の怪しい動きに気づいてね。おそらく二千年後に目覚めるであろう君に、すべてを託すことにした」


「…………」


「だから僕は、ここに存在しているようで存在していない。君とコミュニケーションを取るために作られた、いわば思念体のようなものでしかないんだよ」


「はっ……そういうことかよ」


「ふふ、僕だって本当は寂しいさ。けれどそれは反則だ。やってはいけないことなんだ」


 こいつは……本当に変わってないな。

 いつも屁理屈ばかりこねくり回すくせに、曲がったことが大嫌いで。

 そんなクソ真面目なところがあるからこそ、女にも思い切った一歩を踏み出せないで。


 ――――ほんとに馬鹿正直な男だ。


「……そこにいる子は、たしかユキナさんって言ったかな」


「え? は、はい」


 急にムラマサに話しかけられ、ユキナが背筋を伸ばす。


「どうかお願いだ。この馬鹿を……ロアルドを守ってくれ。こいつは大魔神の呪いにかかっている。こいつを助けることができるのは、古の聖女の末裔・・・・・・・たる、君だけだ」

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