強すぎるおっさん冒険者

 ――陽動作戦。


 これが今回の作戦で俺が打ちたてた作戦だった。


 まずはエスリオに、「年老いた婆さん」を演じてもらう。油断して近寄ってきた敵たちを返り討ちに合わせ、戦力のほとんどをエスリオに集中させる。


 そうして敵陣の戦力が分散された隙を縫って、俺とユキナとで本拠地に攻め入っていく――。


 これが作戦の概要だった。

 少々乱暴な内容だが、即興で考えうる作戦のなかでは、これが最善だろう。

 人質という言葉が聞こえてきた以上、悠長に引き返している場合じゃないだろうしな。


「あとは頼んだぜ、エスリオ……‼」


 離れた位置で戦闘を繰り広げている婆さんに、俺は小声でエールを送る。


 やはりあの婆さん、かなり強いな。

 不審者たちに取り囲まれてもなお、まるで動じることなく敵と戦っている。現時点でも続々と不審者たちが集ってくるが、それでも見事なまでに返り討ちにさせている。


 ……かなり強いどころか、さすがにあれはやばすぎじゃねえか。

 現代であれほど強い奴って、現役冒険者でもそうそう見たことないんだが。


 まあいい。

 俺たちは俺たちで、なすべきことを果たすまでだ。


「ロアルドさん、あそこを見てください……!」


 と。

 ある程度進んだところで、ユキナが裾を引っ張ってきた。


「ん…………?」


 指差された方向に視線を向けると、そこには大きな屋敷があった。


 気配を探ってみると、その内部に大勢の人々がいるのが感じ取れる。黒づくめの不審者も沢山いるっぽいし――あそこが本拠地っぽいな。


「…………」


 しかし、これはなんたる因果か。


 忘れもしない。

 あの屋敷こそが、童貞ムラマサの住んでいた場所なんだが……。


「…………? ロアルドさん、どうしたんですか?」


「ああ、いや、なんでもねえ」

 俺はそう言って後頭部を掻くと、より表情を引き締めて言った。

「あの屋敷のことはよくわかってる。気を引き締めていくぞ」


 エスリオが陽動してくれているとはいえ、さすがに屋敷入口には不審者どもが大勢うろついているな。このまま強行突破するのもいいが、敵陣の戦力が正確に把握できていない以上、それは得策ではない。


 ではどうすればいいのかというと――。


「ユキナ、ついてこい」


 俺は彼女の手を引くと、屋敷の裏手へとまわっていく。


 古代龍ゼウスの時と同じように、たしかムラマサにもワープポイントを用意してもらっていたはずだ。この屋敷もまたアホみたいに広いからな。


「…………っと」


 そうして先に進みながら、もちろん索敵も忘れない。

 二千年前も潜入捜査は腐るほどやってきたが、こういう場は一瞬の油断が命取りとなるからな。


 絶対に敵に見つかることのないよう、慎重に歩を進めていく。


 ……それにしても、この不審者どもは本当に何者なんだ。


 全身がカクカクしているのも不思議で仕方ないが、それ以前に戦闘力がみなかなり突出しているんだよな。さすがにエスリオには及ばないまでも、並大抵の実力者では手も足も出ないのではないか……?


 そんなことを考えているうちに、ようやく屋敷の裏手に着いたようだ。


 まわりには誰もいないので、今がチャンスだろう。


「それよっと……」


 俺は壁面に手を伸ばし、記憶を頼りに五か所ほど小突く。


 すると。

 シュオオオオオオオオオ……!

 という音を立てて、俺たちの傍に《白い靄》が出現した。


 古代龍ゼウスの時と同じ、ワープポイントだ。


 二千年前と仕様が変わっていなければ、これを潜ることで最上階に到達するはず。そこにはたしかムラマサの研究室があったはずだが……その扉の手前に移動する仕様だった記憶だ。


「す、すごい……」

 淡々と物事を進めていく俺に、ユキナが大きく目を見開いた。

「ロアルドさん、本当になんでもできますね……。今だって敵にバレないように動いてますし、屋敷の秘密も知ってますし……」


「ん? いやいや、そんなことはねえさ。たまたまだよ」


「たまたま……」

 そこでユキナがくりっと小動物のような瞳で俺を見上げる。

「ロアルドさん……。もしかして、あなたは……」


「ん?」


「い、いえ、なんでもありません。今はそんなこと考えてる場合じゃありませんしね」


 そんなやり取りを経て、俺たちはワープポイントに足を踏み入れるのだった。


 もう二度目だというのに、ユキナはぎゅっと俺の手を握ったままだった。


★  ★  ★


 Aランク冒険者――ミユル・フェイベストは己の浅はかさを呪っていた。


 帝国全土にて多発している、若い女性を中心とした誘拐事件。

 それを主導しているのが、黒い鎧を身に着け、妙な挙動をしている謎集団である……。そこまではミユルたちで突き止めることができた。


 だから本拠地と思われる孤島にまで足を運び、謎集団の犯罪を根絶やしにしようと思っていたのに。



 ミユルを含めたAランク冒険者パーティーたちは、あっさりと不審者どもに敗れた。



 自分たちだって、今まで数多くの敵を倒してきたのに。

 二十二歳ながらも、多くの修羅場を潜り抜けてきたのに。


 この不審者たちの強さは、端的に言って常識の範囲を大きく逸脱していた。こちらが剣を抜く前から、もう意識が暗転してしまっていたのである。


 ……これでは、お師匠のエスリオ様に顔向けできない。

 ……これでは、自分たちを慕ってくれている後輩――最近だとベルフやリースか――に顔向けできない。


 だから今、ミユルは己の浅はかさを呪っていた。

 Aランク冒険者になったからといって、この世のすべての事件を解決できるようになったわけではない。


 むしろまだまだ修行中の身で、思いあがってはいけなかったのに……。

 こんな浅はかな行動を取ってしまうなんて、自分はなんて愚かなんだろうか。

 そう思えば思うほど、後ろ向きな思考が止まらなかった。


「ククク……。捕らえられたことがそんなに嬉しいか」


 と。

 壁面にて拘束されているミユルの顎を、不審者の一人がぐいっと持ち上げる。

 その瞬間、ミユルの全身を怖気が駆け巡った。


「ぐっ……!」


 その手からなんとか逃れようとするも、しかし今は両手両足を拘束されてしまっている状態。

 このままでは反撃はおろか、逃げ出すことさえ敵わなかった。


「フフ、そう暴れるな。俺はただ、おまえが個人的に気に入っているのだよ。あどけない顔つきに、その溢れんばかりの胸……。クックック、いい身体をしているよなあ」


「ぐっ……! ふ、触れるな……‼」


「ふん、足掻いても無駄だ。おまえはこれからいいようになぶられる運命にある。このまま私たちを慰めるがいい――」


 そう言って、男はこちらに手を伸ばしてくる。


 嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 こんな奴らに弄ばれたくない。

 とっととこの場から逃げ出したい――‼


「そこまでだ!」


 ミユルがぎゅっと目を閉じた瞬間、どこか聞き覚えのある男の声が響き渡った。


「うおっ…………!」


 その男は目にも止まらぬ速度で不審者を斬りつけていった。

 Aランク冒険者たる自分でさえ敵わなかった、この不審者をだ。


「……あ、あなたは…………!」


 そして助けにきてくれた人物を見かけた時、ミユルはさらに驚愕した。


 ――――Cランク冒険者、ロアルド・サーベント。

 いつもベルフに影口を叩かれていた中年の冒険者だったからだ。

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