追放されたおっさんたちの無双劇
かつて童貞ムラマサが住んでいたという孤島。
ひとまずその上空に到着した俺は、地上から伝わってくる不穏な気配に眉根を寄せた。
――この嫌な雰囲気。いったいなんだ……?
「ロアルド様、どこに降りますか? ムラマサの家でもいいですが、この気配は……」
「ふむ。おまえも感じるか」
古代龍をして黙らせるほどの気配。
警戒が必須だな。
「とりあえず適当なところに着地してくれ。あとは徒歩で向かう」
「承知しました」
古代龍は素直にそう返事すると、翼をはためかせ、少しずつ高度を落としていく。もちろん、妙な気配のする位置とは離れた場所でだ。
「うんしょっと」
「それよっと……」
ユキナとエスリオも、それぞれのタイミングで古代龍から降りる。
……昨夜に謎集団が襲撃した時も、俺たち三人は見事な連携で切り抜けることができた。ここではさらに緊迫した戦いが繰り広げられそうだが、きっとこの三人なら乗り越えることができるだろう。
「ゼウスも、危険を感じたらすぐ逃げろよ。なにが起こるかわからなそうだ」
「……承知しました。でもロアルド様を置いて逃走することはありませんのでハイ」
「はっ、言ってろ」
苦笑いしつつそう答えると、そのままユキナ、エスリオを伴って歩を進めていく。
この孤島は九割ほどが木々に占められていて、ムラマサの住居はその一角にある。恋愛に絶望したあいつが、いっそ女が目に入らないところへと移住したのがここだった。
上空から見た感じだと、現代でも人が住んでいる様子はなかったけどな。
それなのにこの不穏な空気……いったいなにがどうなってんだか。
「おい……どうだ、人質は大人しくしているか」
「ああ問題ない。まあ、こんな孤島じゃ叫んでも意味ねえことくらい、馬鹿でもわかんだろ」
「そうか。ククク……今の時代の冒険者どもはザコばかりだな。張り合いがねえ」
そしてある程度歩を進めた時、俺は信じられない会話を耳にした。
人質。
どこからどう考えても穏やかじゃない言葉だ。
やはり現在、なにかきな臭い事件が引き起こされている可能性が高いとみていいだろう。
――それだけじゃない。
「あ、あの格好は……」
ユキナも同じことを考えたのか、不審者たちの姿を見て小さな声をあげる。
漆黒の鎧に身を包み、逆手にタガーを持ち、身体の節々を不自然に曲げている。わかりやすく言えば、天井から吊るされている操り人形のごとき挙動――。
そう、昨夜に襲撃してきた連中とまったく同じ風貌をしていたのだ。
ひとつ相違点をあげるとすれば、昨夜の不審者と比べれば、知能面が優れていそうなところか。昨日は片言しか喋れない男たちの襲来だったが、今ここにいる不審者どもは、みな流暢に喋り続けている。
「どうする、二人とも」
背後で身を潜めている仲間二人に、俺はそう問いかける。
「正直、これは想定外の戦いだ。あまり気が進まねえなら、いったん引き返してもいいと思うが」
「わ、私は大丈夫です……! こういう時のための冒険者なんですから」
「ほほ、ワシもロアルド殿の仰せのままについていきますじゃ。なんでもお申し付けください」
はは、さすがの二人だな。
余計な心配は無用だったか。
「そうだな。そしたら婆さん、さっそくあんたに頼みたいことがあるんだが……」
★ ★ ★
同時刻。
名もなき孤島にて。
複数の不審者がうろついているこの島を、ひとりの老婆がとぼとぼと歩いていた。
木の杖をつき、腰を大きく折り曲げ、ゆっくりと歩いているその様子を見れば――誰もが《警戒心》という言葉を忘れるだろう。
「おいおい、婆さん」
実際にも一人の不審者が、特になにを思うでもなくその老婆に話しかける。
「なんでこんなとこいんだよ。ここはな、無遠慮に出歩ける場所じゃねえんだぜ?」
「はて……? おかしいのう、武神様はさようなこと言っておらんかったが……」
「武神様? なに言ってんだ婆さん、ボケてんのかよ」
そんな会話を繰り広げているうちに、他にも大勢の不審者がここに集まってくる。
「おいおい、いったいなんの騒ぎだよ」
「いやぁそれがな。この婆さん、ボケてるみたいでよ」
「はぁ……?」
言われた不審者が面倒くさそうな表情を浮かべる。
「よくわからんが、誰であろうと我らの計画を邪魔されるわけにはいかん。牢屋にぶちこんでおけ」
「了解」
そう言って、一人が老婆の腕を掴んだ瞬間。
「――――ほっほっほ、若いのおまえたち。ワシが年老いたババアというだけで油断しおったか」
「え…………?」
大きく目を見開いた不審者に向けて、老婆――エスリオ・ディスティーナが容赦ない顔面パンチを浴びせる。
「くおっ……‼」
その攻撃を受け、不審者が大きく吹き飛ばされていった。
「なんだ……!」
「どういうことだ、この婆さんはまさか……」
「――――遅いわ小童どもよ‼」
エスリオは忍ばせておいたバトルアックスを手に取ると、隙だらけの不審者たちに向けて振り回していく。
「ぬおっっっ…………!」
「く、くそが! なんだと思ったら刺客かよ‼」
その叫び声を聞きつけて、より多くの不審者たちがここに押し寄せてきた。
エスリオが数えたところ、ざっと二十名といったところか。
「ほっほっほっほ……」
常識的に見れば絶望的に思える状況だが、それでもエスリオは笑みを崩さない。
「はん、たったの二十人か。それしきの人数で――《迅雷のエスリオ》を始末できると思うてか⁉」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……‼ と。
エスリオが気合を込めただけで、一帯に激しい地震が発生する。
「じ、迅雷のエスリオだと……⁉」
「と、当代最強の冒険者だ! もっと大勢の同志をかき集めろ! 殺されるぞ‼」
「当代最強だって⁉ 聞いてねえぞ‼」
そうして多くの人員がエスリオの前に集っていくその傍らで。
エスリオの視界の端では、こっそりと敵の本拠地に向けて進んでいるロアルドとユキナが映っていた。
「――ザコの掃討は私にお任せください。あとは頼みましたぞ、我が尊敬する武神様」
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