古代龍に恐れられるおっさん
――ムラマサ・ヒューテスト。
現代では大賢者とも呼ばれるそいつは、かつては俺の顏馴染みだった。
こいつはとにかく魔法研究に余念がない。
本来は発動に数分かかる大魔法を一瞬で発動したり、当時は未発見だった新属性魔法を開発したり……。
あまりにも偉大な功績を出しまくっているんだよな。
その魔法学は現代においても語り継がれていることから、尊敬と敬意を込めて《大賢者》と呼ばれている。
まあ俺にとっちゃ、《童貞ムラマサ》のほうがしっくりくるけどな。
魔法においては重大な功績を遺したムラマサだが、恋愛のほうはからきし駄目。
好きな女を見かけたら100通にも渡るラブレターを作ったりとか、いきなり町中で「好きだ――――!」と叫んだりとか。
恋愛においてはあまりにも不器用だったために、少なくとも俺が大魔神と相対するまでは童貞だったはずだ。
だからムラマサの子孫なんか残っているはずもないと思っていたが――。
今回、ザバルはムラマサの住処に向かえと言っていたもんな。
ということはおそらく、ザバルと同じように末裔がそこに住んでいるのだろうか。子孫を残せたってことは、それはつまり、晴れて童貞を卒業したということになるが――。
……とまあ、そんなことはいい。
どうせ今から住処に向かうのだ、嫌でもその答えに直面することになるだろう。
「でもロアルドさん、そのムラマサさんはどこに住んでるんですか?」
「孤島だ。それも大森林のなか」
「え、孤島……⁉」
ユキナがぎょっとしたような表情を浮かべる。
「そ、そんなとこどうやって行くんです? 私、船なんて持ってないですよ」
「安心しろ。そのためにここに来たんだ」
というわけで。
俺とユキナ、そしてエスリオは、三人で《デストリア厳山》を訪れていた。
二千年前と変わっていなければ、ここの山頂に古代龍がいるはずだからな。その龍に頼み込んで、孤島へと俺たちを運んでもらえばいい。
「こ、ここって、世にも恐ろしい龍神様がいるところじゃ……」
ユキナがそう言って身を震わせていたが、おそらくは迷信だろう。
ここに住んでいる古代龍は、当時俺がワンパンしただけで気を失っていたからな。
……さて。
山頂に登るには、基本的には「険しい山道」を進んでいくしかない。
だがまあ、俺は楽な近道を知っている。
正確には、古代龍に近道を用意させた――となるか。
毎回山の天辺まで登るのはかなり骨が折れるので、山頂までのワープポイントを作らせたのである。
「どこへ行くのですかロアルド殿。そちらへ行っても行き止まりになりそうですが……」
道なき道を行く俺に、背後からエスリオがそう声をかけてくる。
「大丈夫だ。こっちのほうがむしろ近道なんだよ」
「……承知しました。ロアルド殿のおっしゃるままに」
武神たる俺をよほど尊敬してくれているのか、エスリオは俺の言葉を無条件で信頼してくれている。
一見すると関係のない道を十分くらい歩き続けているわけだからな。
それを物言わず付き従ってくれているのは、率直に言ってとてもありがたかった。
――そして。
「あったぞ……!」
俺が指差した先では、謎の白い靄が浮かんでいた。
二千年前に古代龍に作ってもらったワープポイントだが、現代でもまだ残っているとはな。なかなか粋なことしてくれるじゃねえか。
「な、なんですかあれは……?」
白い靄を見たユキナが、不思議そうな表情で訊ねてくる。
「ワープポイントだ。あそこに突っ込んだら山頂まで転移できる」
「ワ、ワープポイント……? 転移結晶みたいなやつですか?」
「そうだな。その認識で間違いない」
こう言いつつ、俺はワープポイントに向けて歩を進めていく。
「不安なら一緒に行くか? 俺も最初の一回は怖かったからな」
「は、はい……。お願いできると嬉しいです」
ユキナの言葉を受けて、俺は彼女と手を繋ぐ。
おっさんが若い女に触れるなんて本来はあってはならないことだが、まあこの場合は致し方ないだろう。
「エスリオはどうする? もう片手が空いてるが」
「……ふふ、ワシの心配は不要ですじゃ。老いた者はただひたすら、若者の恋路を押すのが定めと決まっておるのですじゃ」
「は?」
「まあ、つまりはこういうことですじゃ」
エスリオはそう言うなり、なんといきなり俺とユキナの背中を押してきやがった。
「きゃっ!」
「うおっ!」
無理やりワープポイントに突っ込んだ形になったため、ユキナがぎゅっと俺にしがみついてくる。
むにゅ、と。
その際に柔らかい二つの膨らみが当たってきたが――彼女は本気で怖がっているのだ。
こんな下世話なことを考えている場合ではない。
「安心しろ。俺がいる限り、ユキナは絶対傷つけさせん」
「ロ、ロアルドさん……」
ユキナが両頬を赤く染めつつ目を見開いた、その瞬間。
俺たちは無事に転移に成功し、山頂部に到着した。
無理やり押しのけられたため、二人して抱きしめ合いながら転げまわる形になったけどな。
「…………えへへ、ロアルドさんの匂い……」
「おい、早く起きやがれよ」
いつまでも俺の傍から離れようとしないユキナに、思わず突っ込みを入れる俺。
「ほっほっほ、両想いが確定しているのになかなか距離が縮まらない曖昧な関係……。尊死するとこじゃったわ」
遅れて転移してきたエスリオは、なぜかティッシュを両鼻に突っ込んでいた。
……ったく、訳わかんねぇこと言いやがって。
こいつは本当に武神を尊敬してんのか。尊死とか意味わからんぞ。
「はぁ…………」
まあ、そんなことはいい。
二千年前と状況が変わっていなければ、たしかここに古代龍ゼウスがいるはずだが……。
「誰だ。我の眠りを妨げる者は」
と。
ふいに懐かしい声が響きわたってきて、俺はひとまず安堵した。
白銀に煌めく鱗に、エメラルドグリーンの輝きを放つ両目。両翼の内側は金色の輝きを放っており、《神々しい》という形容詞がぴたりと当てはまる龍だった。
「この地に足を踏み入れてはならぬと、人の間で言い伝えられているはずだが……。我の眠りを妨げたからには、覚悟はできているのだろうな……?」
「――ようゼウス。元気でやってるか」
「ロ、ロロロロロ、ロアルド様‼」
俺がそう呼びかけた瞬間、古代龍ゼウスの声のトーンが急激に跳ね上がった。
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