おっさん、幸せな朝を満喫する
翌朝。
「ふわぁぁ~~~あ……!」
少し遅めの時間帯に起床した俺は、布団の上で上半身を起こし、大きく伸びをする。
今はもう朝の十時か。
いつもはもう少し早めに起きてるんだが、昨夜は突然の襲撃があったからな。
これくらいの休息は許されるだろう。
「おっと……?」
良い匂いがしたのでキッチンに向かうと、ユキナとエスリオが朝食を作っているところだった。
「あ、ロアルドさん、起きましたか!」
ボール上の卵を溶きながら、元気よくユキナがそう声をかけてくる。
「おう。おはよう」
「おはようございます! もうすぐご飯できますから、待っておいてくださいね‼」
「そ、そうか。悪いな」
朝から飯を作ってもらっていることに感謝と罪悪感を抱きつつ、俺は食卓の前に座る。
考えてみりゃ、俺たちがパーティーを追放されてから初めての朝か。
バルフレド洞窟に潜った時は、なぜかベルフが夜間に探索したいと言い出したんだよな。おそらくそれも、夜なら他の冒険者に追放の現場を見られにくいからだと思うが――それが理由で、夕方まで眠っていたのだ。
改めて、新鮮だよな。
ユキナとは仲が良かったが、さすがに同じ部屋の下で朝を迎えたことはなかったから。
「わかっておるなユキナ殿。かの武神様が好いていた食べ物を出せば、きっとロアルド殿の胃袋を掴むことができるぞ」
「は、はい……!」
キッチンでは、なにやらエスリオが変なことをユキナに吹き込んでいるようだった。会話の内容までは聞き取れないが。
「…………」
それにしても、ユキナの力は本当に底知れないな。
大魔神の呪いをも緩和する治癒能力に、傍にいるだけでパーティー全体の基礎能力向上と疲労回復をもたらす。
……こりゃベルフの奴、ユキナをなくしたのは相当な痛手だろうな。
彼女は呪いを治すだけじゃなく、無自覚にパーティー全体の強化する力もある。ベルフのパーティーが短期間で大きな結果を出せるようになっていたのも、まあ納得のいくことだったな。
まあ、だからといって前のパーティーに戻らせるつもりは毛頭ないが。
「できましたよ、ロアルドさん!」
そんな思索に耽っているうちに朝飯が完成したようだ。
ふっくらとした出し巻き卵に、香ばしいドレッシングのかけられたベーコンとレタスのサンドイッチ、ぐつぐつと煮込んだ野菜が入っている熱々のスープ……。
「お、おお……」
おっさんの一人暮らしじゃ絶対に出てこないような豪華メニューが、目の前に並んでいた。
しかもこれ、全部俺の好きなメニューじゃねえか……?
「ふふ、言ったでしょうロアルド殿。料理掃除洗濯皿洗い、なんでもできると。今回私は監修しただけではすが、あなたの好きな食べ物はしっかりと把握しておりますのじゃ」
「…………」
「今回はロアルド殿を思い、ユキナ殿が丹念に作り上げた料理ですじゃ。どうかご堪能あれ」
な、なるほど。
このメニューはエスリオ立ち合いのもと、ユキナが作り上げた料理ってことか。
彼女が料理できるという話は聞いたことがないが、果たして味のほどは……?
「う、うまい!」
まず始めにサンドイッチを食べた俺は、あまりの美味に思わず絶叫した。
「すげぇじゃねえかユキナ! これ本当におまえが作ったのか!」
「え、えへへ……。はい」
「いやぁ~びっくりしたぜ! 前のパーティーでもそこそこの思い出はあるが、ぶっちゃけ今が一番充実してると思うぞ」
だし巻き卵も野菜スープも、めちゃめちゃうまい。
俺の好きなポイントをしっかり押さえているというか、むしろ押さえすぎているというか……。
俺のストライクゾーンど真ん中の味をしていた。
「えへへ……。ロアルドさんにそう言ってもらえてよかったです。おかわりならありますから、言ってくださいね」
ユキナはそう言って、ちょこんと俺の隣に座るのだった。
★ ★ ★
「はぁ~、食った食った」
それから二十分後、俺は自身の腹をさすりながら、椅子の背にもたれかかっていた。
男の一人暮らしだと、まずもってこういう朝飯は食わないからな。
身体的な充足はもちろんのこと、精神的にも満たされる朝となった。
「ありがとなユキナ、マジでうまかった」
「ふふ、そう言ってもらえてよかったです」
ユキナは自身の胸の前で、両手をぐっと握り締める。
「私、どちらかというとロアルドさんに助けてもらうことのほうが多かったですから。私のほうで役に立てることがあるなら、その、いつでも言ってくださいね?」
「はは……。気にするな。俺だって、おまえが
「そ、傍にいるだけで……」
ぼうっと顔を赤くするユキナ。
「はぁぁぁああ~~~! いいですないいですないいですな! 若者同士の恋は枯れきったババアの心に癒しを与えます! わっはっは‼」
「な、なに言っとるんだあんたは……」
一方のエスリオは急にテンションが高くなるもんだから、本当に賑やかなパーティーになったよな。
ベルフのパーティーに所属していた時とは違って、心身ともに安らぎを感じられている気がする。
「……えとえと、それで今日は、ムラマサさん? のところに行くんでしたっけ」
その後ものんびりした空気を満喫したあと、ユキナがそう切り出した。
「そうだ。ちぃと遠いから、古代龍を経由していくけどな」
「…………あはは。話が大きすぎてなにがなんだかついていけないです」
ユキナはそう言って苦笑すると、今まで話を黙って聞いていた鍛冶師――レナに五本の小瓶を手渡しする。
「え……? これは?」
「私の回復魔法を込めた薬です。もし呪いが再発しても、それを飲めば大丈夫かと」
おお、マジか。
ユキナの奴、いつの間にそんなものを作っていたのか。
たしかにそれがあればいざという時の保険になるし、これでユキナがいない場所で呪いが発症しても助かるというわけか。
……ほんとにこいつ、なんでパーティーで無能扱いされてたんだ?
「あ、ありがとうございます! すごく助かります」
レナも歓喜した様子でそれを受け取った。
「で、でもどうしましょう。私たち、お金はあまり持ち合わせていないんですが……」
「あはは、いいですよ気にしないで。私が勝手にやったことですから」
「ユ、ユキナさん……」
――――聖女。
今のやり取りを聞いて、俺の脳裏にはそんな言葉が浮かんできた。
「ありがとうございます。ほんとは私たち、安易には装備品の作製には応じないんですが……ロアルドさんとユキナさんの依頼だけは、無条件に受けるようにしますね」
そう言ってぺこりと頭を下げるレナだった。
……ともあれ、これから向かうべきは童貞ムラマサの住処。
少しだけ休んだら、さっそく懐かしの場所へ足を運ぶとしよう。
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