ユキナの不可思議な力

「ぐっ……はあはあ……!」


 小屋のなかでは、たしかに少女がひとり、布団の上で唸り声をあげていた。

 苦しそうに胸部をおさえては、聞くに堪えない悲鳴をあげ、悶え続けている。


「こ、これは……」


 もしかしなくても――俺の呪いと似ているな。


 俺自身も最近気づいたんだが、大魔神の呪いを発症すると、全身にドス黒いオーラのようなものが発生する。


 目の前で苦しんでいる少女もまた、似たようなオーラを全身にまとっているんだよな。

 もしかしたら、大魔神の呪いが想定以上に広がっているのか?


「愚か者めが。勝手に入るでない……!」


 と。

 遅れて小屋に入ってきた老婆が、俺たちに向けて怒りの声を発した。


「見てわかったじゃろう。少なくとも今、私の孫は起き上がれる状態じゃない。剣も防具も作れんわい。わかったらとっと立ち去れ……!」


「……ごめんなさい、お婆ちゃん。ひょっとしたらこの痛み、私なら緩和できるかもしれないの」


「な、なんじゃと……?」

 ユキナの放った言葉に、老婆がぎょっと目を丸くする。

「なにを言うかと思えば……! 腕利きの神官でさえ音をあげた呪いじゃぞ。それをわかって言うとるんか!」


「まあまあ、そうかっかしないでくれよ」

 怒り出す老婆を、俺はとりあえず宥めておく。

「実は俺も、さっきまでお孫さんと似たような症状で悩んでいたのさ。それをこの女は……一瞬で緩和してみせた」


「なんじゃと……?」


「だからまあ、頼むから見守っててくれ。少なくとも危害を与えるつもりはないからな」


「…………」


 黙りこくった老婆に向けて、ユキナはこくりと頷きかけると――。

 悶えている少女の傍で膝をつき、その両手をかざす。

 途端、淡い光がユキナの手を包み込み、少しずつそれが相手の胸に入り込んでいく……。

 


 ――世界が再び闇に包まれし時、それを切り開く二人組現れたり――

 ――ひとりは一度目の闇を切り裂き、世界に大いなる功績を遺した者なり――

 ――残るもう一人は、戦いによって傷ついたその勇者を、神の力によって癒せる者なり――



 なんだろう。

 ふとそんな言葉が脳裏に蘇ってきて、俺は思わずはっとする。


 今のはたしか、二千年前にどこかで聞いた言葉……。詳細はもうほとんど覚えていないが、もしかしてこれは、俺とユキナのことを指しているのか……?


 と。


「うが……が……?」


 さっきまで苦しそうに悶えていた少女の声が、ぴたりとやんだ。

 そしてぱっと目を見開き、穏やかな表情のまま、俺たちを見渡すではないか。


「レ、レナ……?」

 その様子を見て真っ先に驚いたのは、もちろん老婆だった。

「まさか、治ったのかえ……?」


「うん。でもこれは……あなたがやってくれたんですか?」


 視線を向けられたユキナがこくりと頷く。


「はい。完全に治ったわけではないと思いますけど……どうですか?」


「すごいわ。ほとんど痛くない……」


 やはり――治ったか。

 大魔神の奴、俺だけじゃなくて、当時の剣を打った奴にも呪いをかけていたとはな。

 この様子だと、他にも呪いに苦しまされる人間がいるかもしれんぞ。


「レナ……。レナ……!」

 元気を取り戻した娘に勢いよく抱き着いたのは、さっきまでつっけんどんな態度を取っていた老婆。

「よかった、よかったよ……! あんたまで爺さんみたいになったら、あたしゃもうどうしようかと……‼」


「お婆ちゃん……ありがとう」


 結果的にだが、この一家を助けることができたみたいだな。

 

 ――自分の回復魔法で、病気で困っている人たちを助けたい――

 ――今、帝国には不死の病が沢山ある。それを治してあげたい――


 かつて居酒屋でそう語っていたユキナは、そんな二人を見て、少しだけ自信をつけたようだった。

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