彼女を友達と言うのさえおこがましいかもしれないが

 というわけで。

 俺とユキナはひとまず、村の鍛冶屋を訪れていた。


 今後ユキナとバディを組むとしても、今のままでは彼女は弱い。

 いくら前衛には出ないヒーラーといえども、最低限の防御力くらいは欲しいからな。

 せめて防具くらいは上等なものを揃えておいて、魔物からの攻撃にも耐えられるようにしておきたいところだった。


 ――――が。


「ドラゴンゲーテの素材か……難しいのう」


 筋骨隆々の老年鍛冶師が放ったのは、思いもよらない言葉だった。


「ワシもこの道40年でやってきたが、Sランクモンスターの素材を扱ったことはない。それでも任せるというなら止めないが……期待外れになる可能性も否定できんぞ」


 その言葉を聞いて、俺はさすがに仰天する。


「扱ったことはないって……一度もか?」


「さよう。若い頃は帝都でも刀を打っていたんじゃがな。さりとてSランクモンスターの素材を取り扱ったことは一度もない」


 ……マジかよ。

 壁面に飾ってある武器防具を見るに、この鍛冶師が実力不足というわけでもなさそうだけどな。


 むしろ帝都にいた鍛冶師よりも腕利きではないかと期待していたんだが――まさかSランクモンスターの素材を扱ったことがないとは……。


「ロアルドさん、仕方ないですよ」


 驚愕を隠せない俺に対して、ユキナがしょんぼりとした様子で声をかけてくる。


「さっきも言いましたけど、Sランクモンスターの素材が売られることは滅多にないんです。だからこうなることも、しょうがないんです」


「…………」


 こりゃ参ったね。

 ドラゴンゲーテがSランク扱いされていることといい、その素材を扱った鍛冶師がほぼいないことといい――二千年前とは違う点がちょこちょこあるな。


 俺もまだ常識の足りていない箇所がありそうだ。


「仕方ねえな。ひとまずは保留にするしかねえか……」


「すまんのう。安直に引き受けて、せっかくの素材を台無しにするわけにはいかんのじゃよ」


「いやいや、いいんだ。素直に言ってくれて助かるよ」


 むしろ目先の金目当てで、雑に防具を作られるほうが困るからな。


 この鍛冶師は鍛冶師で、きちんと誠実に対応してくれたと言えるだろう。


「しかし、となるとどうするか……。ドラゴンゲーテの素材を扱える鍛冶師を捜すか……?」


 それもどれだけ時間がかかることやら。

 ベルフやリースが上質な素材を持っていったためか、ユキナの装備品は極めて貧弱。

 もともと身体能力抜群が高くない彼女にとって、これはかなり危なっかしい状態だった。


 だからせめて、防具だけはまともな物を作ってやりたいんだが……。


「いいんですって。私は大丈夫ですから、気にしないでくださいよ」


「いや、遠慮するな。こういう時は遠慮なく頼ってくれ」


 あまりパーティーに干渉してこなかった俺だが、ユキナとだけは距離が近めだった。


 

 ……自分の回復魔法で、病気で困っている人たちを助けたい。

 ……今、帝国には不死の病が沢山ある。それを治してあげたい。


 以前二人で入った居酒屋で、そんなふうにユキナが話していたのを覚えている。


 めちゃめちゃ酒が弱えくせに、俺に張り合おうとして何杯も飲んで。挙句の果てには「ロアルドさん大好きでずずずぅううう!」とウザがらみしてきて。


 今思えば、ベルフたちに迫害されていたなかでも、懸命に頑張り続けてきたんだよな。


 俺のようなおっさんが、ユキナのような若い女を「友達」と位置付けるのはあまり良くないかもしれないが――。

 だとしても、こうして彼女と仲良くなったのも何かの縁だ。


 このまま放りだすのではなく、できることはしておきたい。


 …………そうだ、思い出したぞ。

 たしか二千年前、剣を打つのが好きすぎる狂人がいたはずだ。


 今でもその技術が継承されているのかは不明だが、一度足を運んでみてもいいだろう。俺の剣も当時そいつに作ってもらったし、その剣で大魔神を真っ二つにしたからな。


「よし、ユキナ。ひとまず馬車屋へ行こう。ちぃと距離はあるが……金なら沢山あるからな」


「え……?」


 きょとんとするユキナに、俺はにぃっと笑ってみせた。


★  ★  ★


 ――数時間後。

 俺とユキナは《カナリス山岳地帯》と呼ばれる場所を訪れていた。


 なかなかに傾斜の厳しい山ではあるが、もちろん山頂にまで登る必要はない。ある程度まで歩いていけば、二千年前はそこに小屋があったはずだが――。


「おお……!」


 果たして俺の視線の先には、一軒の古びた小屋が建てられていた。


 もちろん二千年前からそのままというわけではなく、何点か補修の跡があるけどな。


 人の住んでいる気配があるので、もしかしなくてもビンゴ・・・かもしれない。


「ロアルドさん、あそこに行くんですか……?」


 俺の隣を歩くユキナが、小首を傾げながら俺にそう言ってきた。


「ああ。確証はないが、腕の良い鍛冶師がそこにいるかもしれん」


「そ、そうなんですか……? 聞いたことないですけど」


 まあ、そりゃそうだ。

 二千年前ここに住んでいた奴はかなりの変人で、最高の武器防具を作り上げるくせに、その技術を周囲に広めるのを嫌った。


 いわく、自分の子孫にだけ技術を伝えていくと言っていたが――。

 その言葉通りの未来になっているなら、今でもこの小屋のなかでは、変人の末裔がひっそりと武器防具を打ち続けているはずだ。もちろん確証は持てないけどな。


 そんなことを考えながら小屋に近づいていくと、そこでは水汲みをしている老婆がひとり歩を進めていた。相当に警戒心が強いらしく、ぎろりと睨まれてしまう。


「……あんたたちは?」


「突然すまねえな。俺はロアルド・サーベント。ここに腕利きの職人がいることを見込んで来たんだが……」


「ロアルド・サーベント……?」

 偉人と同じ名前だからか、老婆が眉をひくつかせる。

「帰んな。ここには病人しかいない。期待には応えられないね」


「は……? 病人?」


「…………薬も回復魔法も効かない病気だよ。病気が移る前に、あんたたちもとっとと帰んな」


 薬も回復魔法も効かない病気だと……?


 まさか。

 俺とユキナはそこで、二人して顔を見合わせた。

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