おっさん、陰の高ランク冒険者を提案される

「あ、あの二人がドラゴンゲーテを……?」

「というか、S級モンスターをたった二人で倒したのか……?」

「つーか、ロアルド・サーベントって偉人の名前そのまんまじゃんか……」


 あーあ。

 やらかしてしまった。


 さっきまで歓談していた冒険者たちが、いまではすっかり俺たちを話題にあげてしまっている。こういうのが面倒くせえから過去を隠してきたってのに。


「えっへん」

 反してユキナのほうは、その大きな胸を嬉しそうに張るばかり。

「皆さん聞いてください。ドラゴンゲーテを倒したのは、実質的にはこのロアルドさんただひとり――」


「おいっ……!」


 そのまま厄介な発言をし始めたので、俺は慌てて彼女の口を塞ぐ。


「むぎゅ」

「わはは。なんでもありませんよわはは…………」

 

 苦笑いを浮かべつつ、周囲に謎の弁解をする俺。


 ったく、油断も隙もあったもんじゃねえな。

 現代は平和になったのだ。力を誇示したって良いことはなにもない。


 俺はただ、ここルーマス村みたいな辺境でのどかに暮らせればそれでいいんだ。


「――こほん」


 密着しあう俺たちに対し、受付嬢が咳払いをして話を切り出す。


「それでは、こちらがお支払い額になります。なかには武器や防具に使えそうな素材もありましたので、どうするかはお任せしますね」


 そう言って受付嬢が差し出してきた紙には、「678万2390ゴールド」と記載されていた。


 ……あんなザコを倒しただけでこの大金か。

 もちろんドラゴンゲーテはなかなかお目にかかれる魔物ではないが、たった一瞬の戦闘で大金を稼げるのなら、冒険者稼業も悪くねえな。


「う、うわぁ…………!」


 隣では、ユキナが嬉しそうに目を輝かせている。

 まだ若いし、こんな大金を見るのは初めてだろうな。


「ふむ……」


 とはいえ、やはり武器素材に使えそうな部位については取っておきたいところ。


 ……たしかドラゴンゲーテだったら、爪や牙が武器素材、翼の一部分が防具素材として使えたはずだ。

 それらについては俺たちに返してもらい、差し引き612万が俺たちの取り分になった。


「……あ、あのロアルドさん」


 そしてそろそろ退室しようとしたとき、受付嬢が声をかけてきた。

 まわりに会話が聞こえないよう、しっかりと声量をおさえてくれている。


「冒険者カードにはCランクと記載されていましたが……本当にお二人で倒せたんですか?」


「…………そうだ。信じがたい気持ちはわかるが」


「あ、いえいえ。疑ってはおりませんよ。ロアルドさんの風格、明らかに一般人じゃないですし」


「…………」


「もしよかったら、ギルドマスターとお話しされていきませんか? ランクの引き上げについて、検討してくれるかもしれません」


 ふむ……なるほどな。

 おそらくだが、前にベルフが嬉しそうに語っていた《中途昇格試験》だろう。


 現代の冒険者制度では、最低限の実力が認められさえすれば、いつでも冒険者に転職することができる。


 ゆえに、冒険者になる前からやたらと強い者もなかには存在するわけだ。

 元は帝国軍兵士だったり、厳しい師匠のもとで修行を積んできた剣士であったり……。

 そうした者たちが、いきなり新米冒険者としてデビューした過去もあるんだよな。


 ギルドの規約上、新人はEランクからスタートすることになる。

 そしてランクが低い者は当然、高難度の依頼を受けることができない。


 これではあまりに融通が効いていないし、緊急の依頼を「ランクが低いだけ」で受けられないのはもったいない。


 だから実力のある低ランク冒険者向けに、ギルドは《中途昇格試験》を設けている。

 しかるべき試験を受けて合格すれば、その実力に応じたランクを授けられるというものだ。


 今回はたまたまダンジョン内に出現したドラゴンゲーテを倒すことができたが――本当にたまたま・・・・かは置いといて――このようなことは滅多にない。


 効率よく金を稼ぐのであれば、最初から高ランクの依頼を受けて、とっとと大金をもらったほうが楽ではある。

 だから受付嬢のこの提案は、まったくメリットがないわけじゃなかった。


「……しかし、それでまた注目を浴びるのは」


「ご安心ください。ギルドマスターに話を通せば、ランク昇格を秘密裏に行うこともできます」


「…………」


 おいおい、マジかよ。

 至れり尽くせりだな。


「とにかく、いま強い冒険者さんが来てくれるのは私たちもありがたいんです。他にもご要望があればなんでもしますので……いかがでしょうか」


「……はぁ、わかったよ。そこまで言うならな」

 俺はため息をつきつつ答えた。

「しばらくはこの村の宿に泊まろうと思ってる。ギルドマスターの日程がおさえられたら連絡しにきてくれ」


「ありがとうございます! 助かります!」


 そう言って、若い受付嬢はぺこりと頭を下げる。


「……ロアルドさん、なんの話だったんですか?」


 遠慮して背後で待っていたユキナが、小首を傾げながらそう訊ねてきた。


「――あとで話す。とりあえずはドラゴンゲーテの素材で、武器と防具を作りにいくぞ。おまえを強化しまくるんだ、徹底的にな」

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