冴えないおっさんは真の実力を隠したい

「あれ……?」


 冒険者ギルドに向かう道すがら、ユキナがふいに後ろを振り向いた。


「ん? どうした」

「いえ……なんだかベルフの悲鳴が聞こえた気がして」

「悲鳴だと……?」


 俺もつられてユキナと同じ方向に視線を向けるが、しかし当然、何も聞こえない。

 っていうかそもそも、ベルフもリースも、いまごろ帝都にいる頃合いじゃないのか。


「……行こうぜ」


 ユキナはいままでずっと、ベルフやリースと行動をともにしてきたからな。

 いきなり裏切られたことで、きっと混乱しているのかもしれない。

 あんなに自信たっぷりにユキナを追放したベルフが、まさか悲鳴なんかあげるわけないし。


 ということで、俺たちは無事に冒険者ギルドに到着した。


 小さな村ではあるが、ここ近辺には広大な田畑があるし、それを狙ってくる魔物も多いんだろうな。村の規模感にしては冒険者ギルドの建物がやや大きく、少しだけ驚いた。


「じゃあ、入るぞ」

「……は、はい」


 ユキナがごくりと頷いたのを確認し、俺はギルドのドアを開ける。


 いまではもう慣れっこだが、新しいギルドに入る時って無駄に緊張するんだよな。気持ちはわかる。


 だが、一応これでも俺はCランク冒険者。

 荒くれ者たちに突っかかれるようなこともなく、淡々と受付カウンターに足を運んでいく。


「あれ。ロアルドさん、なんでそんなに早足なんです?」


「なんでもねえ。気にするな」


 と言ってなんとかポーカーフェイスを保つも、内心、俺の胸は少しだけざわついていた。


 ……なぜならば、壁面のいたるところに《武神ロアルド・サーベント》の肖像画が飾ってあるからだ。


 しかも「健康これ成功の秘訣なり」とかいう、しょうもない格言までついている。


 この言葉、たしか弟子に助言を求められて、適当に当たり障りのない言葉を言っただけだぞ。こんなん誰でもわかるじゃねえか。


「…………」


 そんな俺の様子を見て違和感を覚えたのか、ユキナが俺と肖像画とで視線をいったりきたりしている。


 これは非常に危険だ。


「急にすまない。Cランク冒険者のロアルドだ。魔物の素材を売りにきたんだが」


 なのでより早足の速度をあげ、俺は受付嬢に声をかける。


「はい、冒険者カードを見せていただけ――」

「これだ」

「あ、ありがとうございます」


 俺がすぐさま差し出したカードを、受付嬢が戸惑いとともに受け取る。


「えっと、それではどんな魔物の素材かを教えていただいても――」


「ドラゴンゲーテだ」


「かしこまりました。ドラゴンゲーテですね……って、え⁉」


 案の定驚かれた。


「ドラゴンゲーテ……ほ、本当ですか?」


「当たり前だ。これを見てくれ」


 最初こそ懐疑的だったようだが、俺の差し出した布袋を見て信じざるをえなかったらしい。


 受付嬢が驚愕の瞳で俺とユキナを見つめる。


 勇者ロアルドにとってはたいしたことのない相手でも、現代においては脅威的な魔物らしいからな。


 こうなることは予想できていた。


 周囲の冒険者たちも、何事かと俺に視線を向け始めている。


 ……面倒くさいので、とっとと事を済ませてしまおう。


「すまないが急いでいるんだ。必要な手続きだけを済ませてもらえると助かるんだが」


「かしこまりました! それではドラゴンゲーテということが確認とれましたので、手短にこれを帝国全土のギルドに通達しようと思います」


「…………は?」


 おいおい、待て待て待て。

 なんだそのシステム。

 二千年前のギルドにはなかったぞそんなの。


「あれ、ロアルドさん知らなかったんです?」


 当惑する俺に向けて、ユキナがなぜかうきうきしたような表情で告げる。


「S級の魔物の素材を持ち帰ると、その功績が全土に知れ渡るんですよ。あの魔法掲示板で」


「ま、魔法掲示板だと……?」


 ユキナが指差した方向に目を向けると、そこにはたしかに横長の掲示板があり――。


 ブウン、という音をたてて、次の文字が表示されたのだ。


 ――ロアルド・サーベント。ユキナ・エミフォート。S級モンスターたるドラゴンゲーテの素材をギルドに提供。その功績をここに表す――


「お、おいおいおい……」


 その文字列を見て、俺は驚嘆を禁じえない。


「なんでだよ。俺こんなの見たことねえぞ……?」


「そりゃそうですよ。Sランクモンスターの素材を持って帰るなんて、そうそう起こらないことなんですからね」


「…………」


 俺が口をパクパクさせている間に、

「うおおおおおおお!」

「すげぇええええええ!」

 とあちこちで歓声が沸き起こった。

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