ロアルドさんが振り向いてくれないので胸硬手段をとることにした

 私はユキナ・エミフォート。

 つい最近まではベルフ率いる冒険者パーティーに所属していた、ランク冒険者だ。


 ベルフから追放を宣告された時は、文字通り「この世の終わり」かと思った。


 目の前ではドラゴンゲーテが出現しているし、リースからは拘束魔法をかけられるし――。


 幼い頃一緒に遊んだ“仲良し三人組”はもう存在しないのだと、そう痛感してしまった。


 そんなとき助けてくれたのが、比較的新しめにパーティーに入った冒険者……ロアルドさんだった。


 ロアルドさんはちょっと不思議な人だ。

 本当はめちゃくちゃ強いはずなのに、あえて実力を抑えているかのような。

 本当はいろんなことに詳しいはずなのに、あえて知識がないふりをしているかのような。


 そんなふうに、沢山の秘密を抱えていそうな人だった。


 私たちのパーティーはみんな若かったから、経験豊富そうなロアルドさんはありがたい存在だった。今では傲岸不遜になってしまったベルフも、前はきちんとロアルドさんを敬っていたと思う。


 そしてロアルドさんは、やっぱりめちゃめちゃ凄い人だった。


 なんといったって、拳骨一回でドラゴンゲーテを倒してしまったし――。

 しかもその時の動きがすごく速くて、私には目で追いきれなかった。


 ベルフもここ最近かなり強くなってたけれど、正直あれとは次元が違う。ロアルドさんのスピードは、伝承につたわる武神――ロアルド・サーベントの領域に達しているとさえ感じられた。


 ……って、あれ?

 偶然かもわからないけど、ロアルドさんの名前、教科書に伝わる武神とまったく同じだよね? あれ?


 もしかして本人なのかと一瞬思ったが、しかし当然、そんなことがあろうはずもない。


 武神のロアルド様は、もう二千年前の人物だ。

 教科書で習った外見となんかかなり似ている気がするけれど……まあ、本人なわけがない。


 実際にもロアルドさん、自分のことはあまり話したがっていなかったようだしね。

 彼に命を助けてもらった身で、根掘り葉掘り過去のことを聞くのは間違っている。


 もちろん、本心では少し気になるところではあるけれど――。

 でも、過去のことはどうでもいいと思った。


 だってロアルドさんは、ただ強いだけの人じゃない。

 ベルフやリースと別れることになっても、私を守ってくれて。

 彼にはなんのメリットもないはずなのに、私の代わりにドラゴンゲーテと戦ってくれて。


 しかもダンジョンの出口まで、一緒に私と脱出してくれたんだ。


 こんなに優しい人、他にいない。

 こんなに素敵な人、まわりにいない。


 前までは「良い人」だと思っていたベルフやリースだって、自分たちに不利益が被るとわかった途端、私を殺そうとしてきたのだ。


 でもロアルドさんは違う。

 たとえ自分にはなんの利益もなくても、たとえ自分が犠牲になったとしても、弱い人を守ろうとすることができる。


 本当にかっこいい人だと、私はそう思ったから。

 だから過去について詮索することはしない。

 ロアルドさんはロアルドさんのままで、素敵な人なんだから。


「さて……これからどうするかね」


 と。

 洞窟を出たあと、周囲に広がる草原を見渡しながら、ロアルドさんがそう言った。


「このへん、近くに村とか街とかあるんだっけか?」


「あ、そうですね……。少し歩きますけど、たしか村があったと思います」


「そうか。じゃあそこまで一緒に行くか。……あ」

 数歩先に歩み出したロアルドさんが、なぜだか気遣うような視線を私に向ける。

「勝手に決めてすまんな。ダンジョンを抜けたからにはもう安全だろう。ここからは別行動でもいいが」


「へ?」


「だってなあ。おまえさんのような可愛い女が、俺のようなおっさんと一緒なんて嫌だろ」


 む、む~~~~~~~!


 どうして。なんで。

 私はこんなにロアルドさんを慕っているのに。

 それどころか、今まで味わったことのない甘い感情が浮かんできているのに‼


 私は無理やりロアルドさんの腕を抱きしめると、あえて・・・自分の胸をむにゅっと押し付けてみた。


「お、おい……! なにをする!」


「なんでもありません! さあさ、行きますよ近くの村へ!」


「お、おう……」


 あくまで目を白黒させているロアルドさんだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る