第3話 深夜の映画館

蒼白く身長の高い軍服を着た男は、目の下の色の濃いクマを気にすることなく、ガード下の居酒屋で日本酒を呷りながらは肴をつまんでいた。


時折彼は異国の言葉で嘆く。


「どこに行っても平和というのは紙の様に薄く、すぐに破けてしまう。私はもう知り過ぎてしまったんだ。真紅で次期に破けるのだろうな」


その言葉に誰も反応すること無く、各々が盛り上がっていた。まるで、一人別次元にいるのかのように彼は孤独でいた。


大将がカウンターから男を手招いて皿に盛り付けられたスープを差し出す。


「ありがとう大将」


無口で頷く大将に男は涙を流した。それは嬉しくてではない。もう最期であることを思い出していたのだ。


「大将はどうするんだ?外の世界でも店をするのかい?」


静かに首を振る。


そうかと男はスープに口をつける。


大将は諜報局員として20年近く働いている。閉鎖都市内にあるこの店で夜は働き、日中に活動した局員からの情報をまとめ、首都の本部へ材料の仕入れと共に届ける。情報媒体のインターネットが無いというガラパゴスなこの閉鎖都市におけるインフラなのだ。


兵士の男は、そんな彼に情報を渡していた局員。だが、それ以上に父親のように面倒を見てもらったという思い出ばかりが思い出される。


彼はいつだって造った声色で話す。だから、ホントの声だって聞いたことは無い。


そして、口数の少い故に僕は想像の中で語るのだ。


「まぁいい。ありがとう大将 私は軍部でも外人である事から仲間と呼べる存在がいなかったのだ。だから、私はここで過ごした時間がとても必要だった。感謝してもしきれないほどに」


すると、無言でいた大将が口を開く。重くもスムースな声色で。


「そうか。もう君とは会うことは無いのだろうから俺からも感謝するよ。俺は君の話から得た知識によって助けられた事が多々あるのだよ」


驚いた様子で見開いた瞳孔は光を得ても広がっている。


「そ...そうか」


それから男は最後の一杯だと言ってある酒を交わしあった。


店の棚奥にしまわれていたのは10年前のN81と書かれた蒸留酒だった。世間では消えた幻の酒だと云われているもので、今は絶滅してしまった天然の紫桜梅華(しおうばいか)を漬け込み熟成させたものだ。


トニックのような渋みに梅のような酸味と甘味が調和した一品で薬酒の一種でもあった。


「さようなら 大将」

「さようなら 名もなき戦士」


男は店を後にした。


深夜の都市には人の姿があった。


そのすべてが、閉鎖都市という環境内の日常を演出するものでいて知らない主人公のためだけに生きている。


男はそんな日常の中で見つけた唯一の自分が主役となれた世界を失った。これは喪失というよりも幻想であったと思い込むしか無いのだろうかと、重い足取りで消えていった。

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