第48話 巫覡眷属 辻浦武史
人遣いが荒いのは置いておく。
これは 僕にしか出来ない 事だ。
鬼塚ひづるは上手くやった様だ。
遠くに青白い鬼火が、列を成して
旅客機を曳いてゆくのが見えた。
物理的には決してあり得ない速度で
巨大な金属の塊がゆっくりゆっくり
溟い夜空を牽引されて行く様子は
ある意味 感動的 ですらあった。
みんな、無事でいてくれ。
そう願いながら僕は、視線を遥か
彼方の 神 へと向けた。
この 神 と対峙するのは、
二度目になる。
いや、厳密に言うと三度目だ。
初めて対峙した時に僕は思った。
この 神 は、人の心の底を読む。
畏ろしいのは『神』だからこそで
本当は、優しくて寂しいのだろう。
ユタカも、ケントも、ミチアキも。
そして、僕も。
翌年に受験を控えて疲弊していた。
幼いなりに、必死にやって躓いて
追い越されて追い越して。
例え幾らか優位に立てたとしても
安心なんて、どこにもない。
競争社会の末端にいた僕たちは、
生きている事にうんざりしていた。
皆んなで、家出してやろうかなんて
わりと本気で話した事もあった。
『神隠』の山道で僕達は、あの神に
見留められた のだと思う。
ユタカ達は付き従った。でも僕は
怖くて逃げた。
火の玉だけが怖かった訳じゃない。
今まで必死に積み上げて来たものが
一瞬にして崩れるのが、怖かった。
知識も期待も将来の夢も。そして
僕自身 も。
例え付き従い全てを捨てたとして
結局は 別のルール に縛られる。
単なる 置換 になるだけだって、
直感で理解出来ていたから。
僕はきっと、彼等より 拘り が
強すぎたのかも知れない。
いや、
本当は、どうでも良かったんだ。
只、そっちの道には行きたくない。
そんな 勘 が偶か、
働いただけで。
視線の先の 神 は、何故かとても
寂し気に見えた。
「…畏み、畏み申す!我は古より
御霊、荒御魂の分け隔てる事なく、
津々浦々言祝ぎ慰め奉って参った
歩き巫女辻占の系譜、加えて
隠讔司眷属、後鬼
辻浦武史 と申す!」
オ マ エ ハ オニ カ
ソレ ト モ ナギ カ
「我は隠讔の司の眷属なれど巫覡。
元は巫覡にて、今は隠讔と相成った
類稀なるモノ。
この世の闇より出し者也!」
ヤミ ヨ リ イデ シ ト
神 が、嫣然と微笑う。
「如何にも。此度、御願いの義あり
参じ奉った次第。畏み、畏み申す。
何卒この願い聽き届けられたし!」
ワレ ニ ネガ ウ カ
「畏み、畏み御願い奉る!」
旅客機を見逃して欲しい。
誰も損なう事なく帰還させてくれ。
この願いは あなた にしか
罷り通らない。
そして
これは、僕 にしか出来ない事だ。
神示御霊、荒御魂、魑魅魍魎。
現実を超飛した 概念 に対する
ネゴシエーター況や 巫覡眷属。
万に一つも間違いは許されない。
間違ったらば今後に生かせ?
訂正して理解出来ればそれで良い?
そんなものは、クソ喰らえだ。
それがどれほどの詭弁か。僕はもう
ずっと前から勘付いている。
これでも 命 を懸けているんだ。
既にこの世にはない、虚な身では
あるけれども。
もし、聞き届けられるのならば。
それに対する礼を以て対価とする。
僕の 魂 なんか、廉いもんだ。
ア ネ ミ タ マ ニ
マ ミ エ ン
「……それは。」どういう事だ。
贄 を要求しないのか?
しかも、この神の 姉 とは。
そして僕は國護の頭領の言葉を
思い出す。
霊峰富士に加護命ているという
日の下最大の荒御魂。
『國御霊』の。
全身に震えが伝播し始めた。そんな
モノを開坑放出したら一体どんな
事になるのか。
想像しただけでも恐ろしい。
飛行機どころの話ではなくなる。
だが、ならばどうしたら…。
考えろ。考えろ、考えるんだ。
「畏み、御伺い申す!霊峰
富士に座します『國御霊』にも、
お伺い立てたき事也!されば
一旦、御猶予を賜りたく、畏み
御願い申し奉る!」
一人で抱えきれないのであれば
持ち帰るしかない。
ヒト ト キ
ツカ ワ ス
一刻、つまりは二時間か。
それじゃ、とても間に合わない。
「尽日賜りたく御願い奉り申す!」
ナレ バ ヒ ト トキ
ト ハ ン
もう、これ以上は無理だろう。
僕は唇を噛む。そして宣言する。
「畏み、謹んで承り奉る!」
タイムリミットまで三時間。
それまでに、何とか。
何とか策を練らなければ。
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