第47話 隠讔司 鬼塚ひづる


正直、物凄い怖かった。


御厨が、私を こっち に戻して

くれなかったら、多分、恐怖で

おかしくなってたと思う。


急にエアポケットみたいな衝撃を

感じた後で。窓の外はいつの間にか

夕闇が迫り、雲の端々が金色に

縁取られていた。



そして、物凄い 神気 が


辺りを呑み込んだ。多分、一瞬で

半径数百粁ぐらいは容易に。


庁舎の地下深くで体験したのより

遥かに広大な 恐怖 が、私を

侵食して行った。


 怖くて怖くて怖くて。



だけど、私には元々この世もあの

世もない。子供の頃から他人には

見えないモノが普通に見えてた。

 当然、ガキんちょの頃の方が、

ずっと怖かった筈だ。あんまり

言いたくないけど、それで周りに

ハブられてた事もある。


 怖いなら、名を与えてやれ。


婆ちゃんが、そう言ってたっけ。

名を与えて呼べば、もう八割方

こっちの 勝ち だって。


 わからないから、怖いんだよ。

きっと、ね。


だってわかってたら全然、怖く

ないでしょ? あーアレだよ、又

屯ってるよ笑笑、ぐらいになるし。


あと、一個。婆ちゃんからの

有り難いアドバイスね。こっちも

命賭けるンなら 名乗れ って。

 本気度 が伝わるらしいんよ。

誰にって? そりゃ、オニでしょ。


 だって、アタシは。


全ての、目に見えない魂を統べる


       『鬼の総帥』


まだ、婆ちゃん現役だけど、コレ

丁度いいんじゃね? 難易度MAX

段取りミスったらガチで死ぬ。

でもさ、そのぐらいが丁度良い。


  次代 の晴れ舞台といくわ。



「前鬼、太田俊朗 後鬼、辻浦武史

疾く馳せ参じよ!

 魑魅魍魎、妖魅、妖怪、岾精、

御霊、妖魔、付喪神、経立、犬神

猫又…その他諸々。

 みんな纏めてアタシに力を貸せ!


 我が真名は、隠讔司姫角出也!

役小角の末。此れを以て其方等を


『百鬼夜行』と成す!」




窓の外は更に暗く、俄に黒雲が

湧き起こり、辺りには濃い霧が

立ち込めて来た。



「鬼塚。お前なぁ、何やって

くれてんだよ…。」

呆れ顔の太田が、前の席から

顔を覗かせる。

「うわぉ…御厨さん⁈ 何かヤバい

もん見ちゃった…俺、帰りたい。」

見れば、御厨が 国ちゃん を

がっちり ホールド してる。


耳と目を塞ぐ為だよ?


「…違いますよ。煩くするなら

帰れ。」御厨が、超ぞんざいに

言う。


 やっと余裕出て来たじゃん。


でも、ここからが勝負な訳だ。

それも皆んな纏めて、命賭けの。



「辻浦、ハナシ着けてきて。

この旅客機を無事に降ろしたら

改めてお話を伺います、って。

なる早で、お願い!」


「了解。」


辻浦武史が消えると同時に。



  ちりーん  鈴の音が。


ちりーん  ちりーん



窓の外に、鬼火を灯した行列が。


霧の中から鈴の音と共に現れて、

こっちに向かって流れて来た。



蒼白い鬼火が霧の中に揺れて、

ゆっくりと近づいて来る様は

まさに ホラー って感じだけど、

この時ばかりは感動で涙が出た。



 来てくれたんだ。有難う。



コレ呼べたら免許皆伝だってよ。

『隠讔司』の。



ちりーん  ちりーん

          ちりーん


鬼火が揺れる。露払いの髑髏に

魑魅魍魎たち。妖怪に、何だか

見覚えのある猫又、が乗っている

何故か…駕籠?

 ていうか、誰?一人だけ駕籠は。


霧の中『百鬼夜行』が停まる。

そして駕籠が開くと、中から

背の高い男が出て来た。

「鬼童丸…?」よりも多分上背が

ある。只、雰囲気ちょっと似て

いるだけで。


「我は、役小角也。」


男は確かにそう名乗った。そして

頭に巻いていた頭巾を取ると黒々と

した蓬髪が流れる、その頭に。

 角⁈ そう思った瞬間、彼は

ニッと笑った。


「我が末、隠讔司姫角出。天晴也。

此れを以て免許皆伝と成す!」



本家本元、きた。ヤバい!

これ絶対テンション上がるわ。



「有難き事この上無し。謹んで

請け賜り候! 御力添え何卒、

何卒!御願い申す!」


腹の底から声を張る。そして

全身全霊で念じる。


 この旅客機を無事に降ろして。

出来れば何処かの空港に。



「佳き。」瓏々とした声だった。



   ちりーん   ちりーん


ちりーん   ちりーん

           鈴が。

 

今まで空中で 止まって いた

旅客機が、ゆっくり動き始める。

 暗い闇夜の霧の中を、鈴の音と

共に『百鬼夜行』に導かれて。



「辻浦、後は頼んだよ。」




窓の外、遥か遠くで蒼白く光り

輝く 神の閾 に向かって。



私は静かに瞑目した。




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