第46話 物集筆頭 御厨忠興



まさか、こんな所で

     顕現 されるとは。



それは、この移動の一番の懸念

材料だったと言える。


神門 は閉じた。だが古来から

それは決して一つではないと言い

伝えられて来たものだ。

 京都の『冥府の井戸』、門司の

『緋衣御前』、そして自然災害で

潰れたとされる神奈川の『神隠』

尤も、神がその気になれば門など

どうでも良いのかも知れない。



 国森顕子は 諸刃の剣 だ。


魑魅魍魎から荒御魂に至るまで

彼女の中に座す『國御霊』が 

諾 としたものは護られるが、

 否 としたものは皆、悉く消し

去られる。

 しかし、その 理 にも当て

嵌まらないほど強大な力を持つ

もう一柱の『蔭御霊』が、そんな

彼女を繞る 因果 を認識して

しまった。



それも今、高度数千米の空の上で。




たった一人の父親の生死の際に

於いて。 会いに行くな とは

どうしても言えなかったのだ。

 その甘さが、どれだけ大きな

犠牲に繋がろうとしているのか。

それを思うと、御厨忠興は自分を

責めずにはいられなかった。


こうして自分と隠讔司のひづるを

帯同しても尚、強大な『蔭御霊』を

前にしては。多分、どうする事も

出来ないだろう。



大気が、ビリビリと緊迫した

音を立てる。

それは機内だけにとどまらない。


『封』が、脅かされている?


いや、国土の全てが。その中に

神籠められた 荒御魂 達が

騒ついているのだ。




 少なくとも、この旅客機だけは

何とかしなければ。



現在地から最も近いのは、広島か

岩国。山口宇部は少し距離がある。



「鬼塚さん!」座席の前で頭を

抱えて震えている鬼塚ひづるに

声をかけた。

「…嫌だ…怖いよ。婆ちゃん、

助けて。お願い、助けて…。」

 強大な神気に当てられたのだろう

いつもの彼女らしさはすっかり

鳴りを潜めている。

「しっかりして下さい! 貴女は

隠讔を遣い従わせる総督でしょう!

鬼塚さん!」

震える彼女の肩を、更に揺さぶる。


怖いのは、こっちだって同じだ。


「隠讔司姫角出ッ!」反応しない。

「鬼塚ひづる巡査部長!怯えてる

場合じゃない!先ずは一般市民の

安全を確保しろ!」

「…あ、アタシ。」ふと、彼女の

瞳に正気が戻った。

「何の為に我々が組織されたのか。

やるしかないんだ!もう、我々が

やるしか!」

「…う、うん。やる。」

「出来るだけ多くの魑魅魍魎、御霊

もうこの際、何でもいい!多ければ

多い程いい。 隠れたる者達 を

呼ぶんだ! 早く!

 そして、この機体を何とか近場の

空港に降すよう指示して下さい!」


涙で化粧の崩れた彼女の目を見て

早口で 言祝 を呟く。

「…必ず、やれます。貴女なら。

鬼をも従える最強の警官だ。」

「……わかった。やってやンよ!」

鬼塚ひづるは、言うや目を閉じて

口の中で御詠歌を唱え始めた。



窓の外は仄暗く、しかし茫とした

薄明かりが点在している。

『封』から荒御魂の神気が漏れ

出ているのだ。


 その、仄暗い空の中で



畏ろしい 神 は、嫋やかに

微笑っていた。






三百七十年振りの『神護命』の

封じ直しの儀 が行われる、その

前の年の事だ。

『物集見習』として初めて儀式への

参加が許され、その準備の為に

『國護』の屋敷に通い詰めていた。


  そんな時だった。彼女 に

 初めて会ったのは。


彼女は、まだ幼い自分に合わせて

屈み込むと、しっかりと目を

見つめ

       そして言った。



「あの子を、顕子を守ってね。」



彼女の凛とした美しさ、崇高さ。

それは今でも心の奥底に燠火の様に

燻っている。


「僕に、任せて下さい。」


まだ十一歳になったばかりの頃だ。

あの時、彼女は自らの辿る運命を

知っていたのではないだろうか。

 今となっては、そう思わずには

いられない。


その、彼女の忘れ形見。母親に

瓜二つの『彼女』の事は命に

替えても自分が守る。

 それは単に約束だからではなく

長じて 自ら心に決めた 事だ。


一目惚れ なんて。



御厨忠興は過去の思い出に

区切りを付けると、もう一度、

『彼女』の名前を呼んだ。


「顕子さん!」



ほんの些細な切掛だった。


只、その直向きさと、相反する

危うさ、儚さに。いつの間にか

自分でもどうしようもない程に

惹かれていた。




絶対に向こうへはやらない。


     この命に替えても。




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