第43話 巫覡
神門光定の審議については保留と
され、実際は蟄居という名の
軟禁に近い扱いとなった。
それよりも先にやらなければ
ならない事があったからだ。
分室での会議の後、國護篤胤は
一日遅れで門司に入り、簶守凪啓
はじめ配下の者達と合流した。
神門 の状態を見極めねば。
この門司入りに際して、隠讔司の
ひづるから 後鬼一柱 を借り
受けている。例の 歩き巫女の
末裔 で、かつては顕子と同僚で
あった男。俗名 辻浦武史 だ。
神憑器『緋衣御前』は、既に
凪啓達が撤去している。
それだけでも相当に風通しが
良くなった分 古い井戸 の
形状を保つ『神門』は、重い鉄の
蓋を何重にも咒で縛り置いている。
「頭領、あの井戸は一体何処に
繋がっているんですか?」
からりと晴れた空の下で、
『國護』達の作業を見守りながら
辻浦武史が質問する。
元々は人であり、この世界とは
全く無縁の、至極普通の生活を
していた青年だ。
「これは、別名『冥府の井戸』と
言われているよ。」
「何かで読んだ事があります。
小野篁が地獄への通勤に使って
いたとかいないとか。でも、それは
京都にあるのでは?」
「なかなか、博識だな。理工系と
聞いていたが。」「いえ。偶々
そんな文献を読んだんです。」
辻浦はくすぐったそうに笑う。
こんな善い青年が。
そう思うとやり切れなさは残る
ものの、彼は今やこちらの心強い
切り札 になり得る。
「京都にあるものは、本当に
冥府に通じている、と言われて
いるな。だが、この井戸は異界に
通じておる。」「異界、ですか。」
鬼の青年は、不思議そうな顔で
聞き返す。
「冥府、というのも又、異界に
違いはないが、こっちの異界は
言わば 異次元 だ。」
「物理的次元が違う、っていう
事ですか?何となくそっちの方が
僕にはしっくり来ますね。」
辻浦は更にそう言いながら、
井戸の周りを確認しながら廻る。
尤も、今や何重にも物質的な
覆いと咒とで塞がれて、中を
覗き込む事は叶わない。
「先日、三門優也を介して僕が
対峙した神は、異次元の神という
事になるのですか?」
「いや、そうではない。あれは元々
こちらの世界に座したものだ。
我々が神籠める前に、自ら異界へと
姿を消してしまわれた。
『御霊の脊』と宣われたと聞く。
つまりは霊峰富士に座す『國御霊』
その最も近しい兄弟姉妹にあたる。
『妹』と書いて『せ』とも読み
習わすだろう。あれ はそういう
階位の神だ。」
予測のつかぬ 神 は今もどこか
別の宇宙を彷徨って、気まぐれに
又、生まれ故郷に凱旋しないとも
限らない。
その時に
『封』に神籠めるべきか、否か。
いや、出来るのか否か、だ。
「頭領。大丈夫ですか?顔色が
あまり芳しくない様です。少し
休まれては如何でしょうか。」
後片付けをしていた凪啓が
戻って来た。ともあれ、今出来る
最大の事をやらねばならない。
「念の為、結界も張っておけ。
籠目の五芒結界で良い。それを
二重にな。」
「承知致しました。」
「辻浦くん。」凪啓への指示を
終えると國護篤胤は再度、彼に
声をかけた。
「はい。何でしょうか?」
門司に同行するに当たって、
『國護』の頭領、国森顕子の父でも
ある國護篤胤とは色々な話しをする
様になった。
僕はもうこの世には存在しない。
でも、こうして自然に話が出来る
人が側にいるのは、それこそとても
有り難い 事なのだろう。しかも
彼の言葉の端々には、僕に対する
優しさや労いが感じられた。
「君は以前、『神隠』の近くに
住んでいた事があるとか。」
「よくご存知ですね。確かに僕は
小学校の頃まで、そこに住んで
いました。」
名前の表す通り、何となく良くない
場所。不穏な土地。 忌み地。
しかも僕は友達三名を失っている。
「実は、あそこにもかつては
異界へと繋がる『冥府の井戸』が
存在していたのだよ。」
「…まさか。」思わず絶句した。
「尤も、江戸時代の大規模な自然
災害で潰れてしまったがね。
ここ、門司から京都を通って
直線上に並ぶ位置関係にある事から
或いは京都の『冥府の井戸』も、
地獄というよりは異界に近いのかも
知れないな。」
あの、何となく良くない土地に。
僕は眩暈を感じた。
そのせいで、咄嗟の判断が遅れて
しまったのだ。
これは、僕の最大の失敗だった。
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