第41話 晩祷


急遽、開かれた臨時会議は其々の

首魁が出席したが、情報共有の後で

直ぐに散会となった。

 神門光定は弟の入院手続きを

配下に任せ、そのまま門司へと

戻って行った。勿論、簶守の凪啓が

監視役として付き添っての事だ。

『神憑器』と融合した 神門 の

問題もある。




赤坂のホテルの空中ラウンジに

殆ど客は居らず、半ば 貸切 に

なっていた。

 一枚硝子で出来ている大きな窓を

隔てた東京の夜景は、主要道路が

天の河を思わせた。


「…一度、顕子様には会って

置きたいと思っている。出来れば

この機会に。構わないだろう?」

うっかりすると 喪服 を思わせる

スーツに身を包んだ男が言った。

「成湫さん。」「そんな複雑な顔を

するな、忠興。」彼はそう言うと、

小さく笑った。


五百旗頭成湫。『斑鳩三塔』の一つ

『晩祷』の筆頭。三塔全てを束ねる

御厨よりも七つ程は年嵩だ。


「いざともなれば、彼女は切り札に

なる。そもそもが、守られる

立場から 守る方 へと、方針を

転換したのは御上の意向だろう?

 篤胤さんも内心決して穏やかでは

ないにせよ、腹は括ってる筈だ。

こっちも腹を括らねばな。」


五百旗頭成湫はそう言うや、手許の

グラスを口元に運んだ。

この人はどういう訳だか、昔から

バーボンのロック しか頼まない。

 自分が初めて酒を口にしたのも

この人に連れられて行ったバーだ。

自分にとっては 兄 のような

立ち位置の男。


「それは、そうですが。しかし

今となっては条件が全く違う。」


これから『神門阜』では大々的な

文字通りの 工事 が行われる

筈だ。その為に簶守の凪啓が同行

している。


「…黒幕は『緋衣御前』か。

畏れ知らずとは正に、この事だ。

さすがに、こっちに 呼べ は

しなかった様だが、よくもあんな

大それた モノ を祀ろうなんて

全く、正気の沙汰じゃない。

 流石に光定も勘付いてはいたの

だろうが…全くあの家はマザコン

しかいない。」

 言って彼は一つため息をつく。


「叛乱を起こそうというよりも、

それこそ成湫さんが言っていた

保険だったのでしょう、万一の。」


 御厨はそう言った自分自身の

言葉に嫌悪感を覚える。


 もし、彼女が闇に呑まれた時。


それに対抗する手段を予め確保

していた神門の思惑を、すんなり

理解出来てしまう、自分に。



「それこそが、余計 な事だと

言うんだ。◾️◾️をはじめ、

昔から『封』に神籠る荒御魂に

ケジメをつけるのは『晩祷』の

御役目だからな。

 勿論、顕子様に於かれては、

筆頭この俺が 神贄 の役割を

担ってる。今のところ、こうして

生きているし、歴代に於いても

不調法はない。」

「…それは。」口にして自分が

どんな顔をしているのかは容易に

想像がついた。


『斑鳩三塔』のうち『晩祷』は

代々、神贄 を任されている。


神を祀る、という事 自体 を

不敬ととる程の、荒御魂の中でも

取り分け強大な力を持つ神を

神籠める為に、予め 神贄 と

しての御役目を課されている。

 本来ならば『封』の作成開坑は

贄 を必要とするものなのだ。

それを一手に引き受けているのが

『晩祷』であり、現在でも彼以下

五百余りの 神贄 が存在する。



「なぁ、忠興。」


眼下の天の河に気を取られて

いたのだろう。


「お前、『物集』をどうする

つもりでいるんだ?」

「…どう、と言うと?」

「後嗣の話だ。お前もいい加減

身を固めたらどうなんだ?

まさかの『三塔の長』がいつまで

独り身って訳にも行かんだろう。

 爺臭い事を言う様だが、これは

お前だけの問題じゃない。」

「それはまぁ。いずれ。」


この人は、そういう人なのだ。

頼りになる 兄 だが若干煩い。


「はぐらかすな、忠興。」

「今はそれどころではないし、

まぁ私がダメでも誰か他に…。」

「その物言いでは、責任逃れと

取られるぞ。」五百旗頭の眼光は

鋭くこちらを見据えてくる。


 この人は、常に彼岸にいるのだ。


だからこそ、誤魔化す事など

出来よう筈もない。


全く、こんな状況で。

    本当に勘弁して欲しい。


そんな事を思っていると、やおら

五百旗頭が笑い出した。

「…色々と 策 はあろうよ。

俺は常にお前の保護者面して

行くからな。

 俺たちは所詮、人 だ。勿論、

御役目は絶対だが、それだけでは

つまらんだろう? なぁ忠興。」



五百旗頭成湫は、そう言うと

手許のグラスに残った酒を一気に

呷った。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る