第39話 喪乱
分室の奥にある『室長執務室』は
異様な空気に張り詰めていた。
執務机に、この部屋の主の御厨、
ソファには国ちゃんの親父さんと
その 配下筆頭 みたいな人。
国ちゃんの親父さんより幾らか若い
ダークスーツを着たイケオジ。
眷属である太田と辻浦。そして
初めて見る 三門優也の 兄 と
いう人がいた。
国ちゃんには御厨が待機指示を
出していたが、親父さんがいると
知ったら来たがるかどうかは又、
微妙なトコだろう。
あの後。ガチの公安部の二人を
三門の取調室から外に出して、
それを太田が 器用に のした。
カメラには《笹部がもう一人を
殴っている様子》が記録されて
いる訳だから、つくづく笹部と
いう男が気の毒になる。
しかも憑依から解放された彼は
今頃病院のベッドで気絶してるか
高熱に魘されるかしているだろう。
件の 三門優也 はというと。
彼の中から 何か が去ったと
同時に意識を失くし、病院の
集中治療室へ運ばれはしたものの
脳の機能の六割方が破壊され、
目を覚ます事はおろか、自発の
呼吸も覚束ないないだろうとの
診断が下った。
この仕事をして来て実際 神 と
対峙した事はなかったが、隣室に
居てすらも、魑魅魍魎などとは
比べ物にならない程の 畏怖 を
感じた。
もし太田が事前に張った結界が
なかったら。
いや、神がその気なら結界ごと
一瞬で消し飛ばした事だろう。
今ここにいる面々は、日々そんな
恐ろしいモノを相手にしている。
そう思うと否が応でも緊張せずに
居られなかった。
「…で、その 神 は自分の事を
タマノセナリ と言ったのですね?
それに間違いはありませんか?」
御厨が辻浦に問うが、此処に
いる者は皆、辻浦や太田の事を
至極 普通 に認識している。
「ええ。確かにそう聞こえました。
でも、その前に何か。自身の御名を
名乗られた様なのですが、僕には
認識 する事が出来なかった。
太田さんはどうですか?」
「…同じく。あれは多分、咒だ。
聞こえて理解も出来てたら恐らく
死んでたな。いや、もう俺らは
死んでますけどね。」
どこまでボケれば気が済むんだ
この男は。しかもこの空気感で!
「いや…まさか、とは思うが。
まさか、あの…」
それをサックリとスルーした
国ちゃんの親父さんだが。
「篤胤さん!」御厨が凄い怖い
顔で続く言葉を止めた。マジ怖い。
「忠興、そんな顔をするな。
決して口には出すまいよ。まぁ
その件は一旦、傍に置こう。
光定、神門 は開いていないと
言ったが、それは眞事か?」
国ちゃんの親父さん、今度は
ソファの端で震えている三門の
兄に声を掛ける。
「ま、間違いございません!
門 は決して開いておりません。
物集様にも確認して頂きました
故、その様な事は…!」
更に顔を蒼白にして彼は又、目に
見えるほど震え始めた。
実の弟が入院しているだけでも
心配だろうに。ましてや回復の
見込みはないというのだ。
「貴方の弟、優也の事だが。」
御厨がそう言いかけたところで、
今まで沈鬱な顔で黙っていた
イケオジが口を開いた。
「…これは、亡くなった父君の
お考えか? それとも
『緋衣御前』か? 何方にせよ
神門 を開けるまでもない。
あれ が門の役割を果たした。
そういう事だろう、光定?」
イケオジは声も渋い。
「…ッ。」だが三門光定は
衝撃を喰らった様にソファから
頽れると、床の上で平身低頭し
再び詫び始めた。
何か、全然話が見えない。
「ていうか、どう言う事ですか?
アタシにもわかる様に説明して
欲しいです。」
つい、口を出してしまうのは
私の悪い癖だ。でも、これでは
ここにいる意味がない。
「神贄だよ。三門優也は、神贄と
なるべくこの世に生を受けた。
只、それだけの為に。」
「神贄?」 …ってなに?
そんな疑問がもろ出ていたのか
イケオジが、更に続けた。
「神を祀るには、それなりの作法が
要る。それも神により其々違うが、
特に脅威的な力を持つ神に対しては
祀る という自体が神域を侵す
事になる。そこで 贄 を対価に
祀らせて頂く、という事だ。まぁ、
そんな神も滅多にはいないがね。」
「それって、生贄みたいな?」
「生贄ではないよ。寧ろ、何か
不調法があった時の保険だな。」
という事は。三門の家では彼を
担保に 何か を祀っていた、と
いう事なのか。
「何という事か…門の管理だけ
しておれば良いものを。」
国ちゃんの親父さんが苦々しく
言ったが、その言葉の端々には
憐憫と悔恨が滲んでいるように
思えた。
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