第38話 爻断
彼女には感謝すべきなのか、
それとも抗議するべきなのか。
正直な所、よくわからない。
只、僕にはやり残した事が
あるような気がしていたから
こうして時々声を掛けられるのも
正直、悪い気はしていない。
僕はあの時、友達と再会した。
あの日、塾からの帰り道で僕が
見捨ててしまった彼らは、今も
あの日のままの姿で、無邪気に
災禍を振り撒いていた。
どうして、こんな事になって
しまったのか。それを知りたい。
その、根源 を。
「笹部さん、今から接見ですか?
予定には無いようですけど。」
地下の取調室は、準備室のような
予備の部屋含めて殺風景な造りに
なっている。
その部屋の前で、怪訝そうな
顔の男に呼び止められた。
勿論、笹部という男の形を借りた
太田と鬼塚に対しての問いだ。
僕の姿は見えてはいない。
そう思うと、悪戯をしている様で
楽しくなった。
「どうしても確認したい事がある。
御厨分室長も、ご承知だ。何なら
本人に確認するか?」
「いえ。それであれば。」
ここは太田に任せるのが得策だ。
笹部という男も太田自身も
警察の中での地位はそれなりに
高い筈だ。それに加えての
経験 がある。
それにしても。鬼の眷属 という
身分は、存外ラフな感じなのかも
知れない。
昔の文献によればもっと厳しい
感じに描かれているが、大将が
鬼塚では緊張感も何もないか。
「では、宜しくお願いします。」
重厚な扉が開いて、簡素な机と
椅子が置かれた無機質な部屋の
中に 三門優也 がいた。
「あ、アンタ確かこの間の女刑事。
なぁ、顕子さん連れて来てよ。」
心なしか疲れた顔で三門は言ったが
無理もない。公安部の取り調べとも
なれば、容赦も無いのだろう。
尤も、僕はこの男とは富山で一度
会っただけだ。
「彼女は来ない。それよりアンタ、
何で渋谷からこっち移されたか
わかってンの?」鬼塚が睨む。
「さぁね。」白をきる三門に対して
今度は笹部の身体を借りた太田が
前に出る。
「キミの実家から御厨さんが戻って
来たようだ。」さすがは巫山戯て
いても元刑事。この妙な口調は
多分、笹部のものだろう。
「まさかッ! 何しに行った‼︎」
「何でも、門をどうのとか言って
いた。壊れたか、使えなくなったか
そんな話をしていた様だが。」
一方の三門は、ここに来て動揺を
見せ始めた。と、突然、様子が
奇怪しくなった。
「……ッう…あああぁあッ!
……うゥ…う……ゥ…。」
急に頭を抱えて机に突っ伏した
彼は、低い声で唸り始めた。
モニターで見ていたのだろう、
重厚な自動扉が開いてさっきの男が
飛び込んで来たが、それを太田が
軽く片手で制する。
流れるような動作で鬼塚が引き
受け、そのまま太田と共に男を
部屋の外へと連れ出す。
そして憑依を解いた 太田 が
一人戻ってきた。
この間、約一分程。
これでもうこの部屋に 人 は
いなくなった。
「お前は一体、何者なんだ?」
太田が、白目を剥く三門に尋ねる。
いや 彼の中 からこっちを覗き
込んでいる者に、と言った方が
正確だろう。
途端。三門の瞳孔が戻って来た。
オニ カ
ワレハ ◾️ タマノ セ ナリ
強大な神気が部屋に溢れる。
三門の鼻から血が。それと同時に
太田の姿が揺らぐ。
「な、何だコイツは…ッ⁈」
「太田さん、後は僕が尋問します。
一旦、出てて下さい。」
此処で消し飛べばもう、次は
ないのだ。半ば強引に霊体の彼を
扉の結界外に押し出す。
僕は
歩き巫女の系譜。
その血は、魂にも流れている。
目に見えないモノを怖がった臆病な
僕は、その 目に見えない者 に
なり 怖いもの知らず になった。
笑えるのか笑えないのか。一応、
ここは、笑っておこう。
「畏み、畏み申す。我は歩き巫女
辻占の系譜。辻浦武史と申す。」
実際、先祖がどうやって 神 と
交信していたのかはわからない。
でも、三門を媒体にしてアクセス
してくるという事は、何らかの
訴えがあるに違いない。
オ ニ ニ アラ ズ
ナギ ト
「…如何にも巫覡也。謹んで、
御伺い奉る。人を神隠されるのは
何に故か。神籠めの『封』を
解かんとするのは、何に故か。
一体、何を望まれるのか!」
この目の前にいるのは 神 に
違いない。それが三門の目を
通してこちらを覗き、不用意に
覗き返した者を遣うのだ。
カミ エ ハ カ エ ス
だが、次の瞬間。部屋に満ちて
いた物凄い 神気 は、驚くほど
呆気なく消えてしまった。
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