第36話 加護命
三門優也が渋谷から千代田へと
身柄を移されたのは、暗渠での
事故の翌日の事だった。
長年右腕として信頼を置いていた
結界師の太田と、『封』の神気に
感応し神の加護を発動させる辻浦を
一度に失った事は、想像以上の
ダメージを齎した。
だが、
それ以上に 何故 が勝った。
御厨忠興は『神門阜』から戻って
来たその足で、都内某所にある
『國護』の上屋敷を訪れていた。
神門についての報告もあった。
だが、もう一つ気掛かりな事が
あったのだ。
国森顕子が、勾留中の三門優也への
接見を希望しているという。
三門優也が国森顕子の 母親 の
件を、どこまで知っているのかは
疑問だったが、当の顕子に対して
これ以上、秘匿しておくのは
難しいと考えたからだ。
国森顕子の母親である國護脩子は
日の下最大の荒神◾️◾️の神護命の
儀式に際して命を落とした。
三百七十年に一度、霊峰富士にて
封じ直しの儀 が行われるが、
丁度それに当たってしまったのは
國護篤胤の人生最大の不運と言って
良いだろう。
咒に咒を重ねて依って、幾重にも
縛り付けて尚、荒ぶる 國御霊 を
神護命る事は叶わず
元々優れた覡であった國護脩子は
◾️◾️を一旦、自らに憑依させる事で
神凪ぎ、何とか 国土の瓦解 を持ち
堪えるも、所詮は 人。
限界はすぐに来た。
一方、その夫、國護篤胤も懸命に
神護命の『封』を再構築するが、
甚大な力を前にして、尚も能わず
妻の命 と引き換えにする事で
辛うじて國御霊を分かつ。
そして、当時まだ二歳の幼い娘を
人柱として即ち神護命の『封』と
成した。
何故、日の下最大の荒ぶる國御霊、
元々 霊峰富士 に封じられていた
◾️◾️ が、この分霊を 諾 と
されたのかはわからない。
只、その幼子に自らの 半身 を
置く事で『万事恙なし』とされた
事は、勿怪の僥倖と言えた。
当時、御厨忠興まだ十と一歳。
物集見習いに入った頃の話だ。
『國護』の屋敷の広い応接間は
酷く閑散としていた。
茲許の各地の『封』への警戒に
それなりの人頭が派遣されている
為、無理もない。
そんな事を思いながら待って
いると、漸く國護篤胤が座敷に
顔を出した。
「この度の視察、誠に御苦労。
して首尾は。」篤胤の顔にも又
苦悩と疲労が影を作っている。
「門司の『緋衣御前』は当面、
絡繰人形のままにしてあります。
神門光定にはキツく管理監督を
申し付けて置きました。」
「… で、門 の状況は?」
「開かれた様子は見受けられず
又、光定も決してそれはないと
断言はしましたが。」
「解せぬのか。忠興。」
「いえ、それ自体は私が確かに
この目で確認致しましたが。」
矢張り、何故 が勝る。
「顕子様に於かれましては恙無く
お預かり奉っております。
ですが三門の愚息の突然の動き。
『封』の件といい、何かの意思が
関わっている事もあり得ると。
今、別の角度からも探らせては
おりますが…。」
「物集にも詳細が知れぬとなると、
相当に厄介なものになるが。」
篤胤はそう言うと暫し黙り込む。
「実は、折り入って頭領に一つ
相談がございます。顕子様に、ある
程度ご自身の御役目について…」
「 暫し待て。」
余りにも毅然とした声だった。
思わず、御厨も次の言葉を呑む。
「それは、暫し待て忠興。あれは
今、心を揺らされておる。
あの様な貌で近しい者達を
亡くした事で、更に揺らいで
おるのだろう。
今まで、掃部の特殊な環境から
敢えて距離を取らせていたのだ。
単に揺らぐだけならば良いが、
その 揺らぎ が 恐怖 に置き
換わった時、あの子の自我は闇に
葬られる。
母親の記憶にも、敢えて 咒 を
かけてあるのだ。
もし、あの子が闇に呑み込まれ、
代わりに ◾️◾️ が自我を執る
ような事にでもなれば、今度こそ
この国は滅ぶ。」
國護篤胤は、そう言うと目頭を
圧えた。日々の過労に加え更に
心労まで抱え込むのは、確かに酷な
話だろう。
まだ還暦には遠いものの、髪には
白いものが目立つ。
あの一件以来、彼がどんな思いで
亡き妻の忘れ形見である顕子を
育てて来たのか。
そして 護って 来たのか。
それを思うと。
「確かに、承知仕りました。」
御厨忠興は深く頭を下げる。
そして一つ 決意 を固めるの
だった。
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