第34話 天凱


「物集様、どうか御猶予を…!」


突然の声は、光と共に堂の中の

暗闇を一掃した。

 どうやら堅牢な木造りの堂の壁は

絡繰引戸になっているらしい。

一枚開いた側から全てが連鎖する。


「ぎィゃあああゝぁアぁァ…!」

同時に女の絶叫が響き渡る。

「…嗚呼…あゝ……見るなッ!

妾を見るなアあぁ……!」


「緋衣御前!控えられよッ!」

朗々とした青年の声は、それでも

震えを纏っていた。


光の下に晒されたのは、緋色の

着物を中途半端に纏った木製の

絡繰人形。しかも下半身が

古めかしい井戸と融合している。

 人形の首から下がる荒縄は、

釣瓶の如く井戸の中へと延びて

いるが、肝心の井戸には緋色の

衣が何重にも重なって、それが

蓋の用を成していた。

 日の下に晒された『緋衣御前』

もとい 神憑器 は、一頻り

絶叫すると、動かなくなった。



「光定か。」御厨は、そこで

漸く青年に声を掛ける。


「申し訳ございません!私の

管理不行き届き故!此度の

『緋衣御前』の御無礼、どうか

何卒、お許し下さい…ッ!」

 方や、青年は床に額を付けて

一生懸命詫びている。

丁度、国森顕子や鬼塚ひづると

同じぐらいの年頃だろうか。

 定例会議は伝統の上下装束を

着用する事から、今迄あまり

意識しても来なかったが。


三門光定。あの三門優也の

兄であり『神門阜』の長である。


とはいえ、神門の家の中では

最も影が薄く、実権はあの醜悪な

『緋衣御前』が握っていたと

言っていい。

 強権的な 神憑器 に実際の

権限を奪われていた彼は、これ

幸いと管理責任を半ば放棄した。

彼も又『緋衣御前』を恐れて

いたのだろう。


 結果、神門の家は。



「神門光定。貴方の事は、今は

いい。それよりも 門 の事だ。

間違いなく 門 は閉鎖されて

いるんでしょうね? まさか、

開くような事は。」

「いえ、門 が開く事は決して

ございません。何せ『緋衣御前』が

あの様な形で居りますゆえ。」

「間違いないか?」「はい。

もし 門 が開けば『緋衣御前』も

無事では済みません。」

「……ならば茲許の『封』の

緩みについて。貴方の弟が関わる

様な心当たりは?」

「弟……で、御座いますか?」

神門光定は意外そうな顔をした。


「今、彼は警視庁公安部預かりに

なっています。」

「け、警察の⁈ そんなまさか。」

「最初は不法侵入や器物破損の

容疑で所轄に勾留されていましたが

渋谷の暗渠で起きた死亡事故にも

何らかの形で関わっている可能性が

ある。

 しかも、死亡したのは二人とも

私の大切な部下です。」


「な…何と。」光定は絶句した。



彼は、何も知らないのだろう。

只、あの醜悪極まる 神憑器 は

どうにかせざるを得まい。

 他家の事ゆえに、今迄は特段

口出しもしなかったが。


「神門光定。『緋衣御前』の件は

改めて評議にて諮られるでしょう。

 ともあれ、堂は今後決して闇に

閉ざさぬ様に。引き続き 門 の

管理も、呉々も抜からぬよう、

お願いします。」

「謹んで、謹んで肝に銘じます!」

神門光定は又深々と頭を下げる。


御厨は、一つ重い溜息をつくと

踵を返して神門の屋敷を後に

した。








その頃、本庁の一画にある

『公安部極秘分室』の中では

ちょっとした騒動が持ち上がって

いた。


国ちゃんが、勾留中の三門優也に

どうしても接見したいと言い

出して、遂に向こうの担当が分室に

態々来る運びとなったのだ。


 その許可やら手続きやらを巡る

攻防が、まさに今。目の前で繰り

広げられている。


太田がいればもっとスムーズに

事が運んだのに。そう思ってみても

太田は今やアタシにしか見えない。

しかも やれやれ というポーズを

これ見よがしにやってくる。


元上司が眷属というこの遣い辛さ。


「…ですので接見は無理です。」

普段は殆ど見かけない顔の職員が

言う。多分 ガチ公安部 の人だ。

「どうしても、話をしたいんです。

彼も多分、それを望んでいる。

何か事件に関わる事を話すかも

知れないじゃないですか!」

 国ちゃん果敢にいく。だが、そう

簡単なモンじゃないのよ、警察は。


「…ともあれ、申請は一旦お返し

します。後は御厨室長が戻られて

又改めてご検討下さい。」



ガチ公安の職員はそう言うや、

漸く分室かから出て行った。




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