第33話 閼誡


あれから。


常にではないけれど、ひづるの

側には辻浦や太田が付き従って

いるらしい。

『隠讔司』ひづるの眷属 として

彼女を護り支えているのだろう。


幸いな事に私の 無意識 が

彼らを消す事はなく、最も恐れて

いた事は容易く翻って私を心底

安堵させたのだった。


私の眼に映るのは相変わらず

この世の表側だけで、ひづるや他の

所謂 視える人 たちの世界を

共有する事は出来ない。

          けれども。


「国ちゃん、何。ぼんやりして。」

デスク横から覗き込むようにして

ひづるが言う。

       私の無二の親友。

          

「いや、何でもないよ。」

「…なんか室長、又出張だってよ。

今度は九州。何でも、三門の実家が

そっち方面らしいんだって。」

 ひづるは意外にも、そんな事を

知っていた。


三門優也は、あれから勾留が更に

延長され、いつの間にか所管が

所轄から私たち公安部へ移ったが

一体どんな取り調べがされて

いるかはサッパリ聞こえて来ない。

           だが

彼は何かを知っている。



暗渠から成った荒御魂はあの時、

代々木八幡宮の社殿を目前にして

完全消滅 したという。


 まさに、私の立っていた目と

鼻の先だ。


御厨だけがその 一部始終 を

目の当たりにしていたが、彼は

それ以上の事は一切何も話しては

くれなかった。


 彼も又、何かを識っている。



独り、私だけが置き去りにされて

行くような、そんな気がした。



「ねぇ、国ちゃん。」ひづるの

声が私を引き戻す。

「アタシさ、実は国ちゃんの

親父さんに会ったんだよ。なんか

バタバタしてたから、すっかり

言いそびれてたけど。」

「父に?」確かにそんな状況では

なかった。

      でも何故、父が。


「暗渠の排水口のトコに結界を

張ってたでしょ?『國護』の人も

来てたから、それで来てたんじゃ

ないかな。現場監督的な?」

「現場監督…。」


新たに『封』を造るなど明治から

この方、一度もない事だったから

万全を期す為に来たと言われれば

そうなのかも知れないが。


  違和感は否めない。


「…父に、何か言われた?」

「国ちゃんの友達になってくれて

有難う、みたいな?『國護』の

頭張ってるぐらいだから、色々

知ってて威厳もあるけど。何か

実際に話してみると、フツーに

いい親父さん、て感じ。」

「……。」普通、というのが

よくわからないのだ。


「そう言えばさ、国ちゃんの

お母さんは…。」言いかけて

ひづるは語尾を泳がせる。

 私から話さない限りは立ち入る

べきじゃないと思ったのだろう。


今まで極自然にスルーしていたが

私の中に 母 の記憶はない。


幼い頃に亡くなったのか、それとも

父に離縁されたのか。そもそも、

私に 母 などいたのかどうか。

 まるでそこだけ切り取られた様に

記憶も感情も抜け落ちている。


「私の記憶に…母がいないの。

今まで全く疑問に思わなかったし、

それが異常な事だっていうのにすら

気付かなかったけど。」

「国ちゃん。」ひづるの形の良い

眉が、訝るように変化する。

「三門は、母の事を知ってるのかも

知れない。そもそも、私に母方の

又従兄弟を名乗って来た訳だし。」

「アイツの話は真に受けない方が

いいと思うよ。利口じゃないけど

タチが悪い。」

 そしてひづるは更に眉を顰める。


「どの道。ウチらに身柄が移った

訳だし。それこそ尋問のプロが

絞り上げるよ……それに。」

そこで彼女は何故か言い淀んだ。

「何か、気になる事があるの?」

「…あの時。暗渠で鉄砲水に遭う

直前、火の玉を見たんだよ。で、

いつもみたいに 退け って。

 でも、どかなかった。あれは

異形の類じゃなかったと思う。」

「どういう…事?」

「あの時。暗渠には辻浦を含む

私達と川の荒御魂と、それに引き

寄せられた魑魅魍魎と。

それ以外にも 何か がいた。」

 そこまで話して、ひづるは

両腕で自分の身体を掻き抱く。

その時の恐怖が甦ったのだろう。


「…もしも、この一連の事件が

同じ根っこ で繋がっていると

すると。」


鍵は、三門優也という事になる。



分室には他の職員たちがいつも

通りに立ち働いている。

 いつの間にか、否応なく日常に

呑み込まれてゆく。絶望や恐怖に

上塗をした、穏やかな日常。



だが、私は静かに決意していた。


 三門優也に接見する。



それは、あの男が望んでいた

事でもあるのだ。





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