第29話 叛謔
御厨に随行するよう指示を受けて
私は、珍しく彼が自ら運転する車の
助手席にいた。
辻浦の居場所の目星がついた。
太田からの連絡は分室内に歓喜を
齎したが、御厨の表情は何やら
剣を孕んでいた。
聞かなければいけない事は
山程あったが、多分また上手く
はぐらかされるに違いない。
けれども。
「室長。」視線は絡まない。
「何でしょう?」彼もまた、車の
進行方向に視線を遣っている。
「今回の私の役割は、一体どういう
ものになるんでしょうか?」
「車を、代々木八幡に付けます。
そこで、待機していて下さい。」
「現場はもっと先なのに?」
「貴女は現場には立ち入らないで
貰いたい。」「どうして!」
「代々木八幡宮 を護る為。
そう言えばご理解頂けますね?」
「……まさか。」
「その、まさかです。暗渠という
在り方が、都市の地下を流れる
龍脈に影響を受けたんでしょう。
しかも、ウェブを利用して
仮想空間にまで範囲を広げた。
辻浦さんはネットを介して攫われ
今も囚われている。
彼が 露払い に遣われると
厄介です。」御厨は、そう言うと
ハンドルを切った。
「今、向こうで太田達が奮闘して
いるが、常に最悪の場合を想定して
動かねばならない。
国森顕子さん、貴女に拒否権は
ありません。」
事はもう、辻浦の捜索だけに
留まらないのだろう。
「謹んで、承知致しました。」
私は真っ直ぐフロントガラスの
先を見る。
この坂を登ればもう代々木八幡。
明治神宮ほどの大規模ではないが、
人々の信仰を集め 祀られる神 が
静かに座す場所。
全身に得体の知れない震えが走る。
それにしても、龍脈を通って一体
何 が、此処に。
私は自分の震えを誤魔化すように、
両手を強く握りしめた。
その頃、鬼塚ひづるは暗渠の
排水口近くに居た。
渋谷川という名前を聞いた事が
ある者は少なくないだろうが、
それが一体どこなのか。知る者は
少ないだろう。
辻浦を引っ張り出す。
具体的な方針は既に立っているのか
太田の指示で、今まで見た事もない
黒服の男たちが立ち働いている。
とは言え、具体的には。
ある程度に切られた区画に対して
注連縄を四方八方へ張り巡らせる。
そして地鎮祭で目にするような
祭壇 を設置して行く作業だ。
空は俄に曇り始めて、漸く私は
今朝のニュースの天気予報を思い
出した。
午後からは下り坂。
きっとこの後、雨が降るんだろう。
「もし。」
そんな事を考えていたら突然、
背後から声を掛けられた。
「はぁ。」見た感じ、部外者とも
思えないような出で立ちだが。
白い着物に黒の羽織。紋は
見たこともないような不思議な。
「隠讔司の姫角出御前かな。」
壮年の男は、私に対して確かに
そう言った。
「……あの、それは!」
何故、真名を? 知ってても口に
出すなよ。
てか、誰なんだよ?
このオッさんは。
「いや、失礼仕った。噂には聞いて
いたものだが、大変に善い眼をして
居られる。」早速の上から目線か。
「あの…何方さんですか?」
「国森顕子の父です。」
「いぇッ⁈」
びっくりし過ぎて変な声が出た。
国ちゃんの親父さんてコトは。
いや、先ずは挨拶からだよな。
「改めまして。鬼塚ひづると
申します。顕子さんの真友です。
何卒、今後とも良しなにお願い
申し上げます。」
この、確かに鼻筋とか輪郭とか
眼差しが彼女とよく似ている
国ちゃんの親父 さん。
今まで想像していた酷薄で厳格な
イメージは、実際に ホンモノ を
目の前に跡形もなく霧散する。
いや、それよりも。
太田はここに『封』を造ると言って
いたが、『國護』の頭領が自ら
出張る規模じゃないだろう。
「ここに『封』を施すのに、頭領
自らが来られたんですか?」
この人と言葉を交わすのには少々
勇気が要るが、聞かないのも却って
失礼に当たる。
「作業自体は配下が。私には必至
見届けなければならぬ事がある故。
それに…私にはもう『封』を
新たに造る事は叶わぬよ。一つ、
大きく仕損じたが故にな。」
国ちゃんの親父さんは意外な事を
口にした。
「ひづるさん。娘の事は、本当に
感謝している。あれの父親として
御礼申し上げる。
だが、貴女の御役目は『隠』を
主ること。それを忘れずに。」
国ちゃんの親父さんはそう言うと
黒塗りのデカい車へと消えて
行った。
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