第30話 神焉
御厨の動きは予想した以上に
迅速だった。
もう既に国森と共に現着している。
という事は。
御厨が自ら車を運転した、
という事だろうか。
あの人は確かペーパーで金色
免許の筈だ。それを思うと妙に
笑えた。
彼女の 確保 は重要なのだ。
『封』に神籠めるレベルの
荒御魂が灰燼に帰すなど、
事故にしたって洒落にならない。
当然こちらの準備も出来ていた。
結界を張るのは造作も無いこと。
『國護』の連中も既に控えている。
後は何とか辻浦を こっち側 へと
引っ張り出すだけだが、それが最も
難しい所とも言えた。
「太田さん、何か分岐があるよ。
ねぇ、どっち進めばいいの?」
そして今。
どうしても同行すると言い張って
聞かない鬼塚を伴って、辻浦を
奪還するべく暗渠の中へと
侵入していた。
地下のせいか、水があるからか
わからないが、地上よりも寒さが
身に染みる。
「真っ直ぐ進め。」「おけぃ!」
それにしてもこの 鬼塚ひづる と
いう女。流石に肝が据わっている。
「…太田さん。」分岐を無視して
進んだ所で、又声を掛けられた。
彼女には先頭を歩かせている。
隻眼の自分よりも視野が広く、又
後方からの方が援護し易いからだが
もう一つ 重要な役割 がある。
それは渋々帯同を許可してから
今更の如く思い至った事だ。
「何だ?」「…ここ。ヤバいです。
前から何か来ますよ?あと、さっき
枝分かれした道の奥にも凶々しい
気配がしてたし。」
「まぁ、禍つ神の根城だからな。
良くないモノも寄って来ンだろう。
ヤバそうな方行け。そっちが
正解だ。」「ですよね、でも何か
やだなぁ。」きっと相当な変顔を
しているんだろう。そう思うと
無意識に笑みが浮かぶ。
コイツは『隠讔』の司、つまりは
鬼と言い表され恐れられて来た、
この世に非るもモノ、つまり人の
目には映らない 魑魅魍魎 を
従わしむ総督の末裔。
向こうが辻浦を利用しようとする
その逆張だ。お陰様で、こんなに
禍々しい場所を問題なく進む事が
出来るって訳だ。
「太田さん、誰かいる!」暫く
暗い穴の中を進んだ所で、鬼塚の
懐中電灯の光が 何か を捉えた。
「辻浦。」 やっと見つけた。
が、それと同時に。闇の奥から
光の球が現れて、彼の周りを
取り囲んで揺れ始めた。
「邪魔すンな!」鬼塚が宣うが
光は退かない。
瞬間、物凄く厭な予感が全身を
這い回る。
いや ソイツ は
「…鬼塚、退け。」
「え? 何でよ、やっと辻浦を
見つけたのに!」言い募るが。
「いいから!ひとまず…ッ!」
次の瞬間、暗くて狭い穴の
奥から。
物凄い勢いで、水が迫って来た。
鉄砲水
「最悪だ!何やってるんだ!」
突然、運転席の御厨がハンドルを
激しく叩く。
あまり感情を表に出さない男の
訳のわからない激昂。 だが、
それ以上に彼は酷く動揺していた。
彼につられて私も動揺する。
御厨の中では、激昂と動揺、
どちらが始末に負えないのだろう。
「顕子さんッ、こちらへ!」
車の外に出た御厨が助手席の
ドアを開けた。「何処へ?」
「御社の正面だ!」言うが早いか
私は車の外に連れ出された。
一体、何が。 それは、
もうわかっている。
代々木八幡宮を、護る。
でも私に何が出来るというのか。
この世の裏側を視る事も出来ない
私には。どうすればいい? 強く
願い祈ればいいのか? でも、
一体、何 に?
御厨に手を引かれて参道を走る。
ぐるり渦を巻いて、そして社殿が
目の前に迫る。
御厨は私の手を硬く握り離さない。
私も、強く握り返す。
「ここで良い。貴女は御社を背負う
貌で立っていて下さい。」漸く足を
停めると彼は言った。
「この方角で良いのですか!」
「真正面からでなければ、訪う事は
罷りなりません。」
「承知、致しました。」
これから何が起きるのか。
私には相変わらず何一つとして
わからなかったが多分、私にしか
出来ない事だ。
空は曇天を更に深め、ぽつぽつと
降り始めた雨粒が玉砂利を濡らす。
雨脚は見るみるうちに本降りへと
勢いを増して行った。
無性に、ひづるの事が気に
懸かった。
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