第27話 督掩


その知らせには、正直驚いた。

こっちに戻って来た翌日の事だ。


土産の菓子折を手に、分室に足を

踏み入れた瞬間のこと。室内に

張り詰める異様に緊迫した空気に

一瞬、たじろいだ。


  辻浦武史が失踪した。


それは私や国ちゃんだけでなく、

室長の御厨にも少なからず衝撃を

与えた様だった。


「辻浦が失踪した、って。一体

どういう事なんですか?」

太田に菓子折を渡しながら詰め

寄ったが。

「昨日は此処で資料を読んでた。

俺が帰る時、まだやってた様だが

今朝こうして出て来てみれば。

 しかも分室から出た形跡がない。

つまりは消えちまった、と。そう

言う事だ。」


太田の言葉には憤りがあった。

それは辻浦武史に対してではなく

もっと別の 何か に向けられた

ものに見えた。


「まるで密室モノですね。人で

あれ、他の何某であれ。ここの

結界を一体どうやって掻い潜った

ものやら。私も是非知りたい。」

御厨の言葉にも棘があった。


「辻浦さんが、自分の意思で

セキュリティチェックを操作して

出た可能性はないのですか?」

国ちゃんが眉根を寄せるが。


「ゼロではない。だが、理由が

ない。しかも結界を揺らす事なく

出るなんて。人間どころか神にも

不可能だ。此処にあるのは、

そういう『結界』です。」

 言いながら御厨の視線は辻浦の

座席周辺 を彷徨っている。

一方の国ちゃんは唇を噛む。


「辻浦、出てないんだったら

いるんじゃないんですか?」 

単純な算数だ。一引くゼロは一。

一見、そうとはわからない所に

閉じ込められていたりして。


   いや、流石にないか。


「鬼塚さんの言う事にも確かに

一理あるのかも知れません。」

「え……。」

意外にも御厨に同調される。

  なんか怖いから、やめろ。


「…但し、もう既に向こう側に

引っ張り込まれていますね。

 今朝からの、人の出入りが仇に

なった。これは厄介というか、

落とし穴というか…。」

 言いながら、御厨の指が辻浦の

パソコンに触れた。

「御厨さん。」太田が低く呟く。

「何処に繋がったか直ぐに解析

して下さい。」「承知。」

 御厨から太田へと指示が渡ると

漸くこの場が収束して行く。


「どういう事ですか? 私たちにも

わかるように説明して下さい。」

国ちゃんが果敢に尋ねる。

「パソコンのウィルスみたいな

物でしょう。辻浦さんは異界に

繋がるチャネルに自らを同期して

しまった、という事です。」

「彼、自らですか?」

「まぁ、彼自身が望んだ訳では

ないのでしょうが。」







辻浦武史の姿が消えてから数日が

過ぎても、彼の行方は杳として

わからなかった。

 最新の機材機器にも精通し、

冷静な分析対処の出来る彼が

抜けた穴は想像以上に大きく、

私たちは喪失と焦燥の間にいた。


そんな時だった。渋谷警察から

情報提供連絡が来たのは。

 所轄には行方不明者として彼の

顔写真が廻っていた。それが偶か

ヒットしたのだ。



そした私たちは渋谷警察署内で

とある 勾留者 と面会していた。

相手は以前、富山で国ちゃんの

又従兄弟を名乗ってきた男だ。


 三門優也。


勾留理由は建物への不法侵入と

器物破損等。初犯、かどうかは

微妙ではあるものの、一応は

書類送検で放免されるパターンだ。


「顕子さん、来ないんですか?」

三門は図々しくも、第一声そんな

事をほざいた。


「来るわけねーだろ。」それに

答えたのは太田だった。


黒い眼帯、長髪はドレッドにされ

結い上げられている。紫アッシュの

髪を後ろに結んだ三門にも余裕で

勝っている。

「それか、御厨さんでも連れて

来たらよかったか?」

「いやいや勘弁して下さいよ。」

三門は本当に厭そうな顔をした。


「で? ウチの辻浦を拐かしたの

お前らか。」隻眼で、睨む。

「違いますよ。あと、お前 は

やめて下さい、超絶に不愉快だ。」

「新泉や道玄坂で易占出してたろ?

実際は、風俗従業員の勧誘 だ?

女衒染みた真似してんじゃねぇよ。

 で、あのビルのオーナーが夜逃げ

したって聞いて、勝手に使ったと。

それでしょっ引かれてンだよな?」

「仰る通りだが、俺は単に雇われの

身だ。雇われリクルーター、ね。」

「で、誰に雇われた?」「…さあ。

俺はネット募集に応じたまでだ。

雇主の素性なんか知るかよ。」



全てネットで完結する。

  ホント、楽でいいですよ。ね。


三門優也は、そう言って北叟笑んだ。






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