第25話 喪祀


あの人は、その日をとても

心待ちにしていた。

 少し寂しかったけれど、私も

あの人が絢爛豪華な十二単衣を

身に纏い、辰砂色の長い長い

渡り廊下を歩くのをとても

楽しみにしていた。


あの人が嫁いで行ったのは、

私には手の届かない、御国の要を

掌る立派な旧いお家で。

良人になる人は、その若き頭領。

私は、すごく羨ましかった。

 きっと夢のような暮らしが

待っていると思っていたから。

幸せになれるのだと。


でも、あの日から私たちは二度と

相見える事は叶わなかった。


あの人は、贄 になったのだから。


 いえ。贄に、なれなかったから。






暫く後に、あの人が 娘 を一人

遺したと知った。 







「……。」ゆっくり目を開けると

ひづるの祖母が、私の顔をじっと

見つめていた。

「国ちゃんの夢なぁ、申し訳

ないんやけど、よう見えんのよ。」

申し訳なさそうにそう言うと、

払子のような物で私の頭から肩を

払う仕草をした。

「見るのを邪魔される、言うんか

間違いなく何らかの咒が掛かって

いるとは思うんやけどね。でも、

それ自体もよう分からんのよ。」

「婆ちゃんでも駄目な事あるん?

咒って一体、誰がそんな…。」

ひづるが関西弁になっているが

あまり違和感がないな、などと

私はそんな事を思いながらも

何処かで安堵する。




ひづるの祖母の祈祷場は旅館とは

別棟の、敷地の最も奥まった

場所にあった。

到着したその日はゆっくり過ごし

翌朝、食事が終わったのを見計らい

ひづるの祖母から声がかかった。


『夢封じ』は、悪夢の根源を探り

封じるもので、様々な依頼の中でも

比較的オーソドックスなもの。

当然、対処も決して難しいものでは

ない。夢視の段階で失敗するなど、

今まで一度も無いという。


「…国ちゃん、やっぱり一度。」

「わかってる。」

ひづるの言いたい事は、元より充分

承知していた。


  父に聞けば、早い。


でも、それは絶対にしたくはないし

聞いたとて教えてくれるとは到底

思えない。そもそも、今更実家に

帰ったとしても、多忙な父は私に

会わないだろう。

 ましてや今は『封』の事もある。


「御婆様!」


何となく気まずい空気がその場を

支配し始めた時、祈祷場の外から

鬼童丸の声がした。

「何や? 御祈祷中やがな!」

「申し訳御座いません。どうしても

『隠讔司の媼角御前』に御目通りを

願いたいと、そう仰るもので。」

「そら又、大層やな。何処の誰や?

ウチにアポなしで会いに来たんは。」

「御厨とかいう男です。」


それを聞いてひづるが「うげッ」と

変な声を上げたが、多分、私も

彼女と同じ顔をしていたと思う。

「それウチらの上司や!婆ちゃん、

ウチらもう帰ったって言って‼︎」

「アホぬかせ。アンタらもう部屋に

戻っとき。」

ひづるの祖母はそう言い残すと、

早々に祈祷場を後にした。



「何でウチまで来るんだよぅ。」

部屋に退散しながら、ひづるが酷く

情けない声を上げた。

「確か、出張は奈良だったよ?」

「ウチは奈良であって奈良じゃない

から。来る時、見たでしょ?あの

山また山の更に向こうが、皆の知る

ガチの奈良だよ。」

「ひづるのお祖母様に用があるの

かも知れないよ。なんか、敬称?

そんな感じで呼んでたから。」

「余計に嫌な予感しかしねぇわ。」


そもそも明日はもう帰京する。

御厨の出張予定は確か明日までだ。

さすがに太田からの報告は受けて

いるとは思うが、特に何の連絡も

ないので許可されたと思っていた。




部屋に戻ると、鬼童丸がお茶と

菓子を持ってきた。

 そして早速ひづるに捕まる。


「ねぇねぇ鬼童丸、さっき来た

男って、何しに来たん?」

「…さぁ。御婆様に用があると

言ってましたが。」

「ウチらの事とか、何か言って

なかった?」「いいえ何も。」

「マジか。」

偶然とは思えなかったが、全く

ない訳ではない。俗に言う

業界的な繋がりというのもある

だろうし、そもそも休暇に

不都合があれば、最初からそう

言われる筈だ。


此処に、彼が来たという事は。


不穏な空気に、今まで忘れていた

緊張感が、又しても頭を擡げる。




矢張り御厨とは一度、話 を

しなければならないだろう。



 でも矢張りあの男はどうにも

苦手なのだ。

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