第24話 閻誼


ひづるの祖母の民宿は、在来線の

駅から遠く離れていた。

 熊野 が近い為か、電車内には

比較的旅行者らしき人の姿も

見られたが、殆どが途中で降りて

行った。

 最寄り駅にはバスもない訳では

ないのだが、余りの山奥故に本数は

非常に少なく、私たちは ひづるの

祖母の弟子 という人が車で迎えに

来てくれるのを待っていた。


「あ、来たよ。」彼女の視線の

先には一台の車が、舗装されてない

細い道の奥から、こっちに向かって

来るのが見えた。

 車体には『鬼塚旅館』の文字と、

電話番号が市外局番から書かれて

いる。


車が停まると、中からは坊主頭の

大男が出てきた。

 車は一応ミニバン仕様だが、彼の

体躯はさぞかし窮屈だったろう。

「お嬢、お帰りなさいませ。」

きちんと頭を下げるのは性分なのか

立ち位置なのかはわからないが。

「鬼童丸おひさー!何か縮んだ?」

「縮んでません。」「マジか。」

ひづるは嬉しそうに大男を見上げて

満面の笑みを見せた。


「こちら、ダチ。国ちゃん。」

紹介されて私は慌てて頭を下げる。

「国森顕子です。ひづるさんとは

仲良くして頂いて居ります。暫く

ご厄介になりますが、何卒宜しく

お願い致します。」

「口上が長いよ、国ちゃんは。」

ひづるが呆れたように言うが。

「ご丁寧に。自分は 鬼童丸 と

申します。御婆様の許で目下修行の

真っ最中の身です。」

「で、縮んだの?鬼童丸。」

「縮んでません。」

「何センチあるんですか?身長。」

私も尋ねる。

「え。百八十八センチですかね。」

「やっぱ縮んどるやん。」

「縮んでません。」

ツボに入ったのか、ひづるは延々と

茶化しまくるが、お陰で私の

緊張も弛んでいく。




車は私達を乗せると山道を延々と

走り、幾分周りが開けた所に出る。


     と、突然目の前に、

  咽せ返るような梅の花々が。


山裾の斜面を白やピンクの花霞が

濃淡をつけながら漂っている。

「……。」 あまりの美しさに

息を呑んで暫し見惚れていると、

二階建ての寺のような神社のような

建物の前で車が停まった。



「着きましたよ。」鬼童丸の声で

我に帰ると、私は又もや自分が

緊張に支配され始めているのを

知った。

「国ちゃん、行くよ。」

ひづるに促されて『鬼塚旅館』の

やけに大仰な朱塗りの門を潜る。


建築物に詳しい訳ではないけれど

何とも不思議な建物だった。

寺社に近いが寺ではなく、朱塗りの

門が鳥居を想起させるが神社とも

全く違う。

 旅館 と銘打っている事から

独創的なものなのかも知れないが、

それにしても建物全体に 歴史 を

感じさせられるのだ。

 敷地の中には旅館だけではなく

祈祷所もあるのだろう。主だった

建物は三階建の木造だか幾つもの

別棟が渡り廊下で結ばれている。


 とても民宿などと呼べる規模では

ない。


「婆ちゃん!ただいまー!」

ひづるの声に奥から返事があり、

それは廊下を小走りに急ぐ音と共に

小柄な年配女性が姿を現した。

「お帰りひづる!お友達も!

疲れたやろ、長旅で。」紫色の

作務衣を着こなし白髪は頭の上で

お団子に結ってある。

しかも化粧もバッチリだ。


この小柄な女性が知る人ぞ知る

祈祷師 であり『鬼』の血をひく

『隠讔司』の頭領。もとい、

ひづるの祖母は満面の笑顔で

迎えてくれた。



「こちらさんが夢見が悪い言う

お嬢さんやね?」

ひづるのの祖母はそう言うと、

じっと私の目を覗き込む。

「…ま、それは後やな。先ずは

お部屋にご案内せな。鬼童丸!」

だが直ぐに先程の大男を呼ぶと

後の案内を彼に任せた。

「夕飯は期待しといてな。あと、

オヤツとか食べ過ぎたらあかんよ。

夕飯食べられなくなるし。」

そう早口で捲し立てると踵を返して

廊下の先へと去って行った。



私たちに充てがわれた部屋は

二階の突き当たりだったが、

それがこの旅館で最も良い

部屋だと知れたのは、窓辺の

障子を開けた瞬間。

「……すごい、これ全部梅の花⁈」

「特等席だよ。」ひづるは笑う。

窓のすぐ側からは枝垂れ梅の大木が、

滝の様に花枝を垂らしている。 

  

    それだけではない。


視界の端から端まで見渡せる花の

霞が、遠くの方まで漂っていた。


この季節さぞ旅客も多いだろうと

思ったが、建物の内も外も何故だか

あまりにも静かだった。





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