第16話 懴餉


「呪われているって。何か、

心当たりがあるんですか?」

 国ちゃんが、そう尋ねた。

目の前に座る少女は、ほんの少し

眉を顰めて俯く。


「…心当たり。」橘優梨奈は

俯いたまま、そう繰り返した。


「呪う、という行為はまず間違い

なく 何某かの意図 によって

成されます。但し、寸分違わず

期待した結果を齎すような、

そんな 呪い方 が出来る者は、

そういるものではないんです。」


「期待した、結果…を?」


「ええ。期待した結果に見合う様な

呪詛というのは、極ごく細い針の

頭に穴を穿つよりも、ずっと神経を

使うものだといいます。

 だから、殆どの呪いは中途半端な

結果になり、全く予期せぬ深刻な

事態を招いてしまう。それも、

 二度と取り返しのつかない様な。

だから優梨奈さん、貴女の知る事を

もう少し詳しく聞かせて下さい。

 取返りしがつかなくなる前に。」


既に、午後の授業が始まって

いるのだろう。何処かの教室から

聖歌が聞こえて来る。


『カウンセリングルーム』と

プレートの掛かった部屋の中には

少女と私達の三人しかいない。

 相変わらず異形の姿は見えず

この場所には只々、静謐が在った。

 それは何故だか私に、子供の頃

祖母に連れて行かれた『御岾』を

思い出させた。


勿論、全く別物だとは思うけど。



そんな事をぼんやり考えていたら

突然、少女の嗚咽が聞こえた。


「ごめんなさい…!軽い気持ち

だったのかも知れないけど、でも

可哀想 だったから…それで

皆んなでお墓を作ろう、って。

墓地の…隅っこに。

 最初は普通に…拝んでたけど、

段々と色んな願い事をする様に

なったの。勉強の事とか、好きな

人の事とか。

 だけど最近…美咲と凛子が私に

内緒で二人だけで連む様になって。

だから…だから、私!」


橘優梨奈は一気に捲し立てると

更に泣きじゃくり始めた。





私達は、佐川校長を伴い

     墓地へと向かった。


優梨奈が話してくれた『それ』は

墓石の間の細い通路を抜けた先に、

静かに佇んでいた。

 まさに、白装束の集団 がよく

目撃された辺り。小さな石を重ねて

創られた『御堂』そして、

 貝殻やドライフラワーを敷いた

木箱の中には、幾つもの。


「これ、何?」思わず尋ねる。

「鶏の頭部ですね。」国ちゃんに

聞いたつもりが、佐川校長が

答えてくれた。

「生物の授業の一環で、鶏の

頭部を使うんです。解剖する為に。

実習後は教員が責任を持って廃棄

してはいたのですが…。」

そう言う校長は、懴悔するように。

「きちんと生徒達に話をします。

鬼塚さんも国森さんも、本当に

有難うございました。」

「これは、こちらでお預かりしても

差し支えないですか?」

それを、そっと掬い取るように

国ちゃんが言う。


 ここで確かに彼女が相対したと

いう事は。


徒に創り出され 神偽 はもう

何処にもいないのだろう。





それから私たちは学校へと戻り、

佐川校長と少しだけ話をして。

 そしてまた徒歩で、長く緩い

坂道を歩いていた。



「ねぇ、国ちゃん。」丁度、

件の墓地に差し掛かる辺りで

私は彼女の名を呼ぶ。


相変わらずの曇天の下寒々とした

墓地には、まだ猫がいた。

視線が合うと、こっちに寄ってきて

居住いを糺す。


「なに?」彼女の声に、こちら

側へと引き戻された。


「校長先生が言ってたんだけどさ。

学校の『封』は割と新しいって。

知ってたんだね、先生方。」

「校長先生だけ、ね。歴代極秘に

引き継ぎされてるらしいって、私も

卒業式の後で知ったんだよね。別に

どうでも良い事だけど。」

「…そうなんだ。」


墓地の猫は、私達の歩みに合わせる

ようについて来る。


「猫、何だろ。こっちメッチャ見て

来る。」「え、猫?何処に?」

「そこに。お腹空いてんのかな。」

「ごめん、どれ?」

ほぼ、目の前で。白地に黒い斑だ。

墓石と見間違える筈はない。


   え、まさか。


猫は糺していた居住いを崩すと、

一つ伸びをした。今まで胴体に

巻かれて見えなかったその長い

尻尾は。

     二本あった。




  こいつ、猫又だったのかよ⁈

てか国ちゃん、猫は消さないのね。



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