第15話 聖謐
それは、珍しく長く降り続いた
冷たい雨が上がった日。
空は鉛色の曇天で風は冷たかった。
それでも時折覗く太陽の光は
まるで西洋絵画のようだった。
私達は神奈川県警からの依頼を受け
異国情緒の漂う街並みを横目に
坂道を徒歩で登っていた。
今回の案件には、驚かされる事が
三つあった。
一つは、日本最大の中華街を眼下に
見下ろす山手の丘に、場違いにも
『封』が存在する、という事実。
もう一つはその『封』が、とある
ミッション系私立学校の敷地内に
存在する、という意外。さらに一番
驚かされたのは、そこが国ちゃんの
母校であるという衝撃の事実だった。
鉛色の空の下を敢えて徒歩で坂を
行く私達の視線は、否が応でも
墓地の中へと注がれる。
「…何か視える?」彼女が尋ねる。
「いンや、何も見えないね。てか、
ここ墓地でしょ?もう皆んな成仏
してると思うんだけど。」
外国風の墓石の上には白地に黒い
斑のある猫が丸くなっている。
一応、観光地でもあるのだ。墓地と
いえども、如何にもありがちな陰々
滅々は感じられない。と、同時に
例の『異形』の姿も見えない。
尤も、今回の案件は。
『墓地の中で白装束に身を包んだ
得体の知れない者達が闇に紛れて
何か儀式めいた事をしている』との
情報が、近隣住人や学校関係者から
断続的に寄せられている、言わば
不審者情報の類に該当する。
県警も勿論、日頃から重点的に
警邏してはいるものの、何故だか
今まで一度も遭遇した事がない。
まさか、本当に オバケ が
謀議密談しているとは思えないが
一応、スクールゾーンなのだ。
都市伝説程度ならまだしも、何か
事件や事故へと繋がる可能性が
少しでもあるのなら、それは徹底
排除しておきたいとは思う。
それはそうと。
今回の調査には彼女とペアで
当たるよう指示が出たが、それに
一体どういう 意図 があるのか。
つまりは『怪異を見る私』と
『怪異を消す彼女』とでは、結果
プラマイ0になるのではないか?
そんな懸念もありはしたが、多分
彼女の母校にも調査が及ぶ事を
勘案して、メリットが大きいと
判断した結果だろう。
いかにも御厨らしい。
「ねぇ、国ちゃんさ。学生時代
ここに『封』があるのって、
知ってたの?」
正門から冬薔薇に彩られた長い
道が続く。此処が伝統校なのは
言わずもがなだろう。
「在学中は全く知らなかった。
そもそも私には見えないしね。」
「国ちゃんとこ、神道でしょ?
いいの?キリスト教の学校で。」
「え。何で?」さすが国ちゃん。
本気の天然記念物の顔だ。
入り口で用件を告げて、入校者
名簿に名前を書いていると、
廊下の奥から年配の女性が現れた。
「ご無沙汰しております。」
至極、自然な感じで彼女が言う。
「国森さん、お久しぶりです。」
一方、感慨深そうに目を細めると
女性はこちらへと向き直った。
「校長の佐川です。今日は、態々
お越し下さいまして、本当に感謝
しています。ご存じと思いますが、
ここは彼女の母校で、在学中には
担任をしていた事もあるんです。」
温かな雰囲気の女性だ。
そこで初めて自分が必要以上に
緊張していた事を知った。
「今回の件は、予め警察の方にも
お話していますが、当校の生徒が
関わる非常にセンシティブな問題を
含んでいるので…。」
そこで、佐川校長は言い淀む。
「只、正直な所。我々の手には
余るのも事実なのです。」
意を決した彼女の表情は毅然と
しつつ、深い憂いを含んでいた。
現在、この学校の女子生徒が二名
原因不明の昏睡状態に陥って
いるという。
直前、彼女達は何らかの目的で
墓地の中に屯しており、同日の
深夜には件の 白装束の集団 が
目撃されている。
一見、何の関連性も無さげだが、
引っかかるものが皆無と言えば
大嘘だろう。
そして今、私たちは一人の少女の
話を聞いていた。
呪われている。
橘優梨奈という名の女生徒は、
そう口にした。
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