第17話 傀逅
分室での私の仕事は、当初
予想していたよりも落ち着いた
ものだった。
既に起こった事件や事故の
記録から 傾向 を導き出して
現場での 調査結果 と突合し、
周辺の『封』の位置情報と共に
纏めた『顛末書』として提出する。
鬼塚ひづるや辻浦武史と一緒に
行動する事は多かったが、自分は
常に後方の支援、即ち書類作成が
主な仕事だった。
勿論『封』の緩みが認められれば
それは自分の預かり知らぬルートを
経て、封じ直し が『國護』へと
依頼された。
そんな中で、富山県への出張調査の
依頼が来たのは、ほんの少し漫然と
し始めていた日常に刺激を与えて
くれたのだった。
北陸新幹線が開通してから、
日本海側との行き来が大変便利に
なったというけれど、自分はその
土地へは初めての旅になる。
とは言え、物見遊山で行く訳では
ない。魚津市の周辺で起きている
集団行方不明を調べに行くのだ。
勿論、付近には『封』が
あった。
「絶対に!宇奈月温泉には
泊まりたいーッ!」
新幹線の車窓が木々に覆われ始めた
辺りで、ひづるが声を上げた。
今回の調査は室長の御厨自らも
同行しており、そういう点での
アピールだろうか。
敢えて無駄に声がデカい。
「一応、私たちは仕事で来て
いるので。あまり羽目を外す訳には
行かないんですよ。
現場は魚津市の周辺ですから、
宇奈月温泉からは結構距離もある。
私もそっちの方が心惹かれるものは
あるんですがね。」
困ったような笑顔で御厨が応じる。
「ならば、是非行きましょう室長!
勿論、お仕事はキッチリとやらせて
貰いますからね、国ちゃんが!」
「えっ。」
突然、こっちにまで飛んできた。
「それより、今回の案件ですが。」
今までiPadを操作していた辻浦が、
喧騒を全く意に介さず割って入るや
御厨は これ幸い と助け舟に乗る。
「何か気になる事でも?」
「全国の行方不明者数と比較して
多いのはわかりますが。
場所柄、日本海側に面している
土地です。特殊ではあるけれど
人為的な事件、という可能性は
ないんですか?」
「言わんとする事は分かりますが、
富山県警からの報告書では、直近
消息を絶った十五名もの方々は
同日の同時刻に消息を絶っている。
しかも皆がみな同じ場所に居た
訳ではないんです。常識ではまず
あり得ない。
彼らが消えた時刻は、誤差を含め
約一時間以内に集中している。」
「謀議の上って可能性は?」
ひづるが聞く。
「一時間もあれば、ある程度の
距離は稼げます。」辻浦も言うが。
「行方不明の方たちの間には特に
繋がりはない。そもそも、そんな
事をする理由がない。」
そうこうしている間にも幾つかの
トンネルを抜けて、車窓からは
日本海が。
糸魚川を過ぎ、宇奈月温泉駅に
到着したのは、それからすぐの
事だった。
新幹線の駅を出てロータリーから
車での移動となる。
ひづるの請願も虚しく私たちは
宇奈月温泉には寄らずに魚津を
目指した。
日程の都合なのか、その日は
魚津警察へは行かず、ホテルに一旦
落ち着く事となり。
そして、私はロビーでひづるを
待っていた。
ビジネスホテルにも関わらず、
温泉がある。それを知った彼女に
早速、大浴場へと連れて行かれたは
良いものの、あまりの長湯に
一足先に出てきたのだった。
「お一人ですか?」と、突然。
横から声をかけられた。
見れば若い男が笑顔を向けている。
歳の頃は、二十代半ばといった
所だろうか。目鼻立ちの整った顔。
肩甲骨までありそうな紫アッシュの
髪を一つに纏めて縛っている。
「え…いえ、友達が。今、もう
来ますから。」
この歳でナンパもないだろうと
思いつつも、かなり困惑した顔を
していたのだろう。
「そんなに警戒しないで下さいよ。
実は俺、貴女の事はずっと前から
知ってるんです。
国森顕子さん。」
男はそう言って又、笑った。
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