第20話 禍籠
その人は、長い回廊を歩いていた。
厳かな中にも、浮き立つような
漫ろな足取りで歩いてゆく。
朱塗りの欄干には飾りの細工が
延々と施され、廊下の先には
闇 が
待っている。
「……ッ‼︎」思わず飛び起きると
そこには眉間に皺を寄せて見つめる
鬼塚ひづるの顔があった。
「………ひづる。」自分の声に酷く
安堵する。
「どうしたの?何かやけに魘されて
いたけど。嫌な夢でも見たの?」
いつもの 夢 だろう。
詳細は、矢張り覚えていない。
あの後。
御厨たちが齎した情報は、かなり
衝撃的なものだった。
『封』が解かれた。
しかも、その後又ご丁寧にも
上書きするかの如く 封印 が
施されていたというのだ。
現場から御厨がすぐに連絡を入れ
昨夜のうちに『國護』の人間
数名が富山入りした。
結果、それは國護の施す封印とは
似て非なるものであり、この土地で
起こった集団行方不明者は、その
開坑 の為に使われた、と結論
付けられた。
肝心の、解き放たれた 荒御魂 の
行方は杳として知れず、御厨の見解に
よれば、本来の御座所であった
海溝深くへと戻って行かれたのでは
ないか、という話だった。
そして私は、微かな違和感を
覚える。
そもそも『封』は。
祀る事も調伏する事も能わない
荒御魂に対して施される、最終的な
措置なのだ、と。
今までずっとそう教えられ、
信じて来た。
けれども今、日本海の底深くへと
静かに還って行ったその神は本当に
如何ともし難い 荒御魂 だったの
だろうか。
いきなり親族を名乗り接触して来た
三門優也 という青年も、それを
強い言葉で撃退した御厨の思惑も、
不穏な気持ちに拍車を掛けた。
御厨とは、いずれ話をしなければ
ならないだろう。だが、正直
あの男は少々苦手だ。
「国ちゃんの 悪夢 って。多分
何らかの 原因 があるんじゃ
ないかとは思うんだけど…。」
ホテルの部屋でチェックアウトの
準備をしながら、ひづるが言った。
「今までソレ知りたいとか、探って
みようとか、思わなかった?」
繰り返し見る 悪夢 について
彼女には以前、何かの切っ掛けで
話していたのだが、今朝それを
実際に目の当たりにして心配に
なったのだろう。
「どうして、っていうのはある。
でも、実生活に害がある訳じゃ
ないから。どうでも良くなって
来てるのかも知れない。」
実際、慣れてしまったのかも
知れない。
否、それは言い訳だ。
不可解な悪夢と共に生きてゆく
人生 と、敢えてそれを暴いた
事で受ける 衝撃 とを無意識に
天秤にかけているのだろう。
継続的に魘される悪夢の陰に
何か、恐ろしいもの が潜んで
いるのは想像に難くない。
鏡越しに目を合わせる彼女は
ほんの少し眉根を寄せる。
普段あまり化粧に時間をかけない
私と比べて、ひづるは一つ一つの
工程が丁寧で決して手を抜かない。
そして私は一つ深く息を吐く。
「どうでもいいとか、慣れたとか。
嘘だって自分でもわかってるの。
本当は、知りたいと思う。」
「ウチの婆ちゃんなら、その夢の
原因、観れるかも知れないよ。」
ひづるは、いつの間にか化粧を
終えていた。
「アタシも仕事柄、最近は滅多に
帰ってないから。国ちゃん、今度
一緒に会いに行ってみる?」
彼女の祖母という人は、民宿経営の
傍ら、非公式ながら 祈祷師 を
やっており、地元では勿論のこと
知る人ぞ知る有名人なのだそうだ。
『夢封じ』は、依頼の中では
わりとオーソドックスな方らしい。
幼い頃に両親を亡くした彼女を、
そう若くはない女手一つで育てて
来た ひづるの祖母 の為人は
何となく想像がついた。
「有難う、ひづるの御祖母様に
是非とも会いたい。お願い。」
それは今まで敢えて目を逸らして
来た 自分自身 との対峙でも
あり
不穏な邂逅でもあった。
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