第19話 隗囂


ビジネスホテルの窓からは、

遠く海が望めた。


上階の部屋が取れた事が大きい

かも知れないが、とかくこの街は

  海 が近い。


豪雪地帯と聞いてはいたのだが、

想像していたよりも雪はなかった。

だから、余計に海の印象が

強いのだろう。


『分室』に入ってからこの方、

日常的とは間違っても言えない

様々な知識を得たが、心の何処かで

眉唾物だと思っていた。

 室長の御厨によると、僕の血筋は

代々日本各地を渡り歩いては、その

土地の神を奉り咒いを執り行う事を

生業にしていたという。


 それも又、俄には信じ難い。


僕は、眼に見えないものは

        信じたくない。


例えそれが実在するのだとしても

認めてしまうのが 怖い のだ。


漠然と広がる大海の俯瞰図を

Googleアースで見た時の、濃い

碧色で示された海溝。もしくは

宇宙空間から撮影した地球や月。

それらを見る時の、あの何とも

言えない不安な心持ちに、どこか

似ているのかも知れない。

 その背景に存在する 何か を

想像すると、酷く落ち着かない、

そら恐ろしい気持ちになるのだ。


 だからきっと僕は、近代科学に

没頭して行ったのだろう。





「事前に『封』を見ておきたいと

思います。」


ぼんやりと窓の外を眺めていたら

御厨に声を掛けられた。

 ツインルームの部屋割りは、

自ずと彼と同室になる。


「長旅でお疲れとは思いますが、

差し支えなければ貴方もご同行

頂けると大変有難いんですが。」

彼はそう言った。

「構いませんよ。僕も実際に

『封』を見るのは初めてです。」

「そうでしたか? まぁ、それで

あれば、こちらも願ってもない。

 時間も時間ではありますから、

ある程度の所まではタクシーを

利用して、そこからは又少し

歩きます。懐中電灯は持った方が

いい。」


 かくして僕は、もう既に薄暗く

なり始めた見知らぬ土地を、彼と

共に探索する事となった。





タクシーを待たせて、僕は御厨の

後に続いた。『封』のある場所は

海側ではなくて、山側に位置して

いるという。

 市街地から離れたその場所は、

目印に乏しい事からか逆に漠然と

していた。

 愛用のiPadを頼りに御厨の後に

続いたが、前を歩く彼の頭の中には

既にその場所がインプットされて

いるらしい。

 雪は然程ないものの、日が落ちて

しまうと流石にかなり寒く、ダウン

ジャケットを着てきたのは正解だ。

一方、御厨はカシミヤだろうか。

如何にも高そうなロングコートを

実に品よく着こなしていた。


この町は、あまりにも寺や神社が

多い。住んでいる人の数との比率に

於いても、些か多過ぎる。

  一体 何が、この町の人々に

これほど多くの寺社仏閣を。



「着きました。」暫し無言で

歩いていた御厨が急に足を止めた。

 寺の敷地内なのだろう墓地の

横から薮を分け入った所に、

『ソレ』はあった。



      苔むした古い祠。


 その既視感に眩暈がした。



「辻浦さん。ここで何か感じる

ものはありますか?」彼が促す。

「…いえ、僕には何も。」


火の玉は見えない。


「只の祠…にしか見えませんが。

これが『封』なんでしょうか?」


 ならばあの時、僕が見たものは。


「ええ、これが『封』ですね。

通常、これの下には一柱の

『神』が座します。

貴方の先祖は封印された神々を

崇め慰め、祝詞を奏上して全国

津々浦々を周っていた。

 そもそもこの『封』を見る事が

出来るのは非常に限られた者のみ、

普通の人には、この『御社』すら

見えないでしょう。」

「え。じゃあ、この祠は。」

「普通の人には認識されません。

ただ、この『封』には不自然な

乖離と融合が見られます。」

「乖離と、融合?」

「ええ。どうやら何者かに一度

開かれて、そして又閉ざされた。」

「…そんな、それじゃ此処には。」


         神は。



「ええ。大変由々しき事態です。」


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る